坊さんになる?
朝、久しぶりに由佳が寺にやって来た。
抜糸は終えたので、もう包帯はしていない。
前に4人で食事してから、もう一か月になる。あれから激動の日々だった。
伯母さんに奨学金が増えたから家賃を上げてくれと頼んだ。
「淳一さん、じゃあ今まで5万円からうちに3万円を出していたの。月2万円でどうしていたの?」
「三食頂いているので、何とかやっていけました。使うのは交通費くらいですから」
「でも本代や服代は?第一、試合に行くのに結構かかるでしょう」
「その時は貯金をおろしました。ロンドンの後は、またバイトして貯めます」
「オリンピック選手がそんな生活していてはだめよ。お金はもういいから、しっかり食べてね。うちもあなたと由佳ちゃんが、結婚する時のために貯めておかないとね」
手話を交えながら話すので、彼女もそれを見てにこにこしている。
伯父さんも上機嫌だ。
この機会に、前から考えていたことを頼んでみようと思った。
「以前お話したように、名前を変えようと思っています」
「前は安原だったかな。それに変えるのか?」
「それも考えていますが、手続きとかで保護者とかが必要な時が多いんです」
「わしになってくれと言うなら別に構わんよ」
おばさんが思いついたように言った。
「いっそ淳一さん、うちの養子になってもいいかしらねえ。由佳ちゃんと結婚するとき、同じ名前同士になるけど」
「すると、淳一君と由佳は形の上ではいとこ同士になるわけか」
二人は顔を見合わせて黙ってしまった。
養子の件は唐突だが、どうしたのだろう。
「美智子さんが気にするかもしれませんね」
「この際だから話しておこうか。これは由佳には内緒だな」
「由佳ちゃん、お茶を入れてきてくれる?」
伯母さんの手話を見て、彼女は台所に向かった。
「浩輔さん夫婦はいとこ同士なの。美智子さんの両親は早くに亡くなって、このお寺でうちの主人と浩輔さんと一緒に暮らしていたのね。医大に入った浩輔さんと結婚したいって、自分も看護師になって、いろいろあったけど、結婚できて二人の子供ができたの。だけど早苗も由佳もどっちも難聴だった。誰もそんなことを言わないのに、原因がいとこ同士の結婚だと美智子さんは思い込んでね。自分で生きていけるようにさせるって厳しく育ててきたわ。でもどちらも可愛いし、賢いし、おまけに今は、いいお婿さんがいるから心配ないけどね」
それで『二人の障害は、私たちの責任』と言ったのか。
由佳が戻って来た。
伯父さんが大きな伸びをした。
「わしが保証人になってもいいし、君がうちの養子になってもいい。ありゃ、もしかして君が養子になって由佳と結婚したら、できた子はわしらの孫になるのか。これはいいなあ」
「あら本当だ」
伯母さんも目を輝かせた。
由佳は、淳一に説明しろと催促しているが言いにくい。
「孫ができたとしたら、浩輔と取り合いになるなあ。淳一君。君さえよかったら養子の件、話を進めようか。そうか。由佳と君の子供がうちの孫か」
上機嫌で坊主頭をたたいて部屋を出た。
安原姓で保証人になってもらおうと思っていたが、養子という選択もあったのか。
でもまさか俺が寺を受け継ぎ、坊さんになるのか?




