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君とオリンピックに行きたい  作者: 友清 井吹
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由佳のベッドで

2回目のドーピング検査を済ませ、記者の取材から解放された時は、もう暗くなりかけていた。


帰りの電車に乗ってすぐに爆睡してしまい、大阪を過ぎてようやく目が覚めた。

東田や栄本さんが話しかけてくるが、答えるのが億劫だ。

東田が手話をしてきた。


「この後、五千はどうする?」

考えていなかった。もうモチベーションが持ちそうにない。

それにB水準に到達するには五千で30秒。一万でも1分以上縮めなければならない。


「彼女と相談する」


東田が今度は声を出した。

「由佳ちゃん効果で、メダルまでいけるといいな」


「君には本当に世話になったな。いつか君の実家にあいさつに行くよ」

彼は、小指を合わせて指切りをした。

隣の栄本さんが笑った。

「やめてよ、男同士で。でも私も由佳さんと話したいから手話を習おうかな」


三田島家に着くと、父親はもうだいぶ飲んだのか顔を赤くしていた。

いつものように、診察室のベッドで足を診てくれた。


「偉大な足だな。いつもより少し硬くなっている。つっぱり感とかなかったかな?」

「痙攣してきて、両足ともつりそうでした」

「雨で寒かったからなあ。最後にスパートした時、顔が苦しそうにゆがんでいたからひやひやしたよ」

「あの後は、痛みを忘れていました」

「疲れが残らんようにゆっくり風呂に入って、そこでマッサージをしたらいい」


目は彼女を探していた。早く会いたいのにまだ顔を見せない。


「由佳なあ、君の試合を必死に見ていて、途中から泣き出した。ゴールしてからも興奮状態だったから、薬を飲ませて寝かしたよ。君が来る頃起きると思っていたが。悪いな。もう少ししたら起こすから待っていたらいいよ」

小さな声で頼んだ。

「あの、少しだけ顔を見てきていいですか?」


二階の由佳の部屋にそっと入った。

寝ている彼女の頬に触れた。

冷たいな。

ぐっすり眠っているようで、ぴくりともしない。


何かつぶやいた。

左手の小指は布団の外にある。

包帯で包まれた指を両手でしばらく包み込んだ。


君がいなければ、今日の俺はない。なにもかも君のおかげだ。

涙が出てきそうになった。


下のリビングでは、美智子が何度も二階に上がりそうになるのを浩輔が止めていた。


「もういいでしょ?由佳の部屋に入ったきり半時間よ。あなた酔ってるでしょう?」

「淳一君なら心配ないって。由佳に報告したくてやっとここまで来たんだろう。今日はやっと夢がかなったんだ。しばらくほっといてやろう」

二人が何をしていても構わんと思っていた。


さすがに1時間を過ぎてから、夫婦で由佳の部屋の前に立った。

何度もチャイムを押し、強くノックをしてからドアを開けた。

部屋に入ると、二人がベッドの上で抱き合っているように見えた。

やはり今入るのはまずかったか。


ところがよく見ると、彼は来た時のジャージ姿で椅子に座り、ベッドの上で座っている由佳に抱かれていた。どうやら彼が椅子に座ったまま寝てしまい、その後で由佳が目を覚ましたようだ。


彼女は両親が見ているのに気付かず、彼の頭を抱きしめている。

浩輔は美智子に目で合図をして部屋を出た。


「ほっとしたのね。彼、熟睡しているみたい。次はいつ起こしたらいいのかしら?」

「この家に来て寝てしまうのは何度目かな。ここでなら寛げるというのがうれしいよ」

「寛げるのはあの子の側だけでしょう。由佳も言い出したら聞かない子だけど、淳一さんの前ではよく泣いたりして甘えているわ。由佳が安心できるのは私たちの前じゃなかったのね」


浩輔は、妻の肩に手を置いた。

「あの二人、やっとお互いに安心できる相手が見つかってよかったじゃないか」

「幸せになれるかしら。親のいない子と障害のある子。ハンデを背負って生きていくのね」

「少なくとも今日はどっちも今までの人生で最高の日だろう。もう少し二人だけでいさせてやろう」


結局、その日は三田島家に泊まり、淳一は早苗姉さんのベッドで朝を迎えた。


まだ眠い。いくらでも眠れそうだ。





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