卒業式の蛮行
病室で由香と二人きりになった。
四年前と一緒だ。
母と二人の夜は長かった。
目が大きくてきれいだった顔が見る間に痩せていき、抗がん剤の副作用に苦しんでいた。
俺を見るたび、謝って泣いてばかりいた。
思い出すと今でもたまらない気持ちがする。
由佳の白い頬をさわってもピクリともしない。
由佳、目を覚ましてくれよ。
俺は何であの時、校庭からすぐに出てしまったんだ?
俺が走るため。
自分だけのため。
だからこんなことになった。
何で守ってやれなかった?
馬鹿な俺のせいだ。
由佳の母親が、淳一の肩に手を置いたので目が覚めた。
椅子に座り、由佳の右手を握ったままうとうとしていた。
淳一の涙顔を見てハンカチを貸してくれた。
「今夜は私が泊まるわ。ちょっと眠りが深すぎるわね。何かあったらお寺に連絡するから、もう家で休んで頂戴」
寺に帰ると納骨堂に入った。
ロウソクと線香をつけ、見慣れた母の写真を見つめた。
「母さん、由佳を助けてやって。お願いだ。俺のことはどうでもいいから」
どのくらい時間が過ぎたのだろう。
寒さと疲れで立てなくなり、近くの椅子に座り込んだ。
びわ湖毎日マラソンまで後10日だ。
もう参加は無理かもしれない。
大学に練習を休むと連絡をしていない。
部員からの着信はあったが、今はかけ直す気がしない。
明け方の寒さで目を覚ました。
外で鳥の鳴き声がする。
一晩たったのか。
伯母さんが納骨堂に入って来た。
「淳一さん。ここだったの。まあこんな寒い所で一晩も過ごして。さっき美智子さんから連絡があってね。由佳ちゃんが目を覚ましたんだって。何とか話もできるって」
涙目の伯母さんに礼を言って、寺から走り出した。
今から猛ダッシュで病院に走る。
5キロもない距離だ。
新記録を出してやる。
息を切らせながら病室に入ると、彼女はベッドの上でお茶を飲んでいた。
頭には包帯の上にネットをしており、左手にも包帯とギブスがされていた。
彼女は淳一の顔を指して微笑んだ。
片手で手話をした。
「あなたは泣いていた。涙の跡がある」
じわっと涙が出てきた。
彼女もそれを見て泣き顔になった。
母親が笑って言った。
「本当に二人とも泣き虫さんね。由佳はこれから着替えるから、少しの間出てくれる?」
「少しだけ安心しました。僕は一旦帰ります。顔洗ってまた出直します」
彼女が手招きをした。
顔を近づけると、右手で淳一の首に手を回し頬に唇を押し付けてきた。
親の前でやるか。
母親も目を丸くしている。
耳元でささやくような声がした。
「今日・走ってね・後・すこし・だから」
昨日の事件は、テレビでも報道されていたそうだ。
寺の新聞を読んだ。
『卒業式の蛮行。卒業生が担任を襲う。三人が重軽傷』
由佳は重傷に入るのだろうか。
18才の少年が、卒業式の日に担任や女子生徒と止めようとした保護者一人に、隠し持っていた短い鉄パイプで傷害を負わせた。
以前女子生徒へ暴行未遂事件を起こし、停学処分を受けていたが、その腹いせか?
そんな記事だった。
大学では監督に昨日の件を報告し、来ていた部員にも練習を無断で休んだことを謝った。
その後グラウンドで走ったが、寝ていないし、食べてもいない。
さすがに途中から、ほとんど歩きになってしまった。
彼女のサポートが受けられないとすると、あまり無理は禁物だ。
本番のびわ湖毎日も、一人だけかと思うと不安で胸が一杯になった。
こんな状態で走れるのだろうか。
棄権もやむを得ないか、そんな気にもなってきた。




