表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君とオリンピックに行きたい  作者: 友清 井吹
74/137

卒業式の蛮行

病室で由香と二人きりになった。


四年前と一緒だ。

母と二人の夜は長かった。

目が大きくてきれいだった顔が見る間に痩せていき、抗がん剤の副作用に苦しんでいた。


俺を見るたび、謝って泣いてばかりいた。

思い出すと今でもたまらない気持ちがする。


由佳の白い頬をさわってもピクリともしない。

由佳、目を覚ましてくれよ。


俺は何であの時、校庭からすぐに出てしまったんだ?

俺が走るため。

自分だけのため。

だからこんなことになった。


何で守ってやれなかった?

馬鹿な俺のせいだ。

 

由佳の母親が、淳一の肩に手を置いたので目が覚めた。

椅子に座り、由佳の右手を握ったままうとうとしていた。

淳一の涙顔を見てハンカチを貸してくれた。


「今夜は私が泊まるわ。ちょっと眠りが深すぎるわね。何かあったらお寺に連絡するから、もう家で休んで頂戴」


寺に帰ると納骨堂に入った。

ロウソクと線香をつけ、見慣れた母の写真を見つめた。

「母さん、由佳を助けてやって。お願いだ。俺のことはどうでもいいから」


どのくらい時間が過ぎたのだろう。

寒さと疲れで立てなくなり、近くの椅子に座り込んだ。


びわ湖毎日マラソンまで後10日だ。

もう参加は無理かもしれない。


大学に練習を休むと連絡をしていない。

部員からの着信はあったが、今はかけ直す気がしない。


明け方の寒さで目を覚ました。

外で鳥の鳴き声がする。

一晩たったのか。

伯母さんが納骨堂に入って来た。


「淳一さん。ここだったの。まあこんな寒い所で一晩も過ごして。さっき美智子さんから連絡があってね。由佳ちゃんが目を覚ましたんだって。何とか話もできるって」


涙目の伯母さんに礼を言って、寺から走り出した。

今から猛ダッシュで病院に走る。

5キロもない距離だ。

新記録を出してやる。


息を切らせながら病室に入ると、彼女はベッドの上でお茶を飲んでいた。

頭には包帯の上にネットをしており、左手にも包帯とギブスがされていた。


彼女は淳一の顔を指して微笑んだ。

片手で手話をした。

「あなたは泣いていた。涙の跡がある」


じわっと涙が出てきた。

彼女もそれを見て泣き顔になった。

母親が笑って言った。


「本当に二人とも泣き虫さんね。由佳はこれから着替えるから、少しの間出てくれる?」

「少しだけ安心しました。僕は一旦帰ります。顔洗ってまた出直します」


彼女が手招きをした。

顔を近づけると、右手で淳一の首に手を回し頬に唇を押し付けてきた。

親の前でやるか。

母親も目を丸くしている。


耳元でささやくような声がした。

「今日・走ってね・後・すこし・だから」


昨日の事件は、テレビでも報道されていたそうだ。

寺の新聞を読んだ。

『卒業式の蛮行。卒業生が担任を襲う。三人が重軽傷』

由佳は重傷に入るのだろうか。


18才の少年が、卒業式の日に担任や女子生徒と止めようとした保護者一人に、隠し持っていた短い鉄パイプで傷害を負わせた。

以前女子生徒へ暴行未遂事件を起こし、停学処分を受けていたが、その腹いせか?

そんな記事だった。


大学では監督に昨日の件を報告し、来ていた部員にも練習を無断で休んだことを謝った。

その後グラウンドで走ったが、寝ていないし、食べてもいない。

さすがに途中から、ほとんど歩きになってしまった。


彼女のサポートが受けられないとすると、あまり無理は禁物だ。

本番のびわ湖毎日も、一人だけかと思うと不安で胸が一杯になった。


こんな状態で走れるのだろうか。

棄権もやむを得ないか、そんな気にもなってきた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ