原人
学校で嫌なことは多い。
友達の少ない淳一は、教室でも一人でいることが多かった。
口数が少なく、本ばかり読んでいる変わり者と思われているようだ。
スマホを持っていないということも、仲間に入れない理由かもしれない。
地域でトップ校の伊吹西高に行けたのに、母を亡くして東高に来たことは、同じ中学の女子が教えたらしい。多くの女子生徒が淳一に好意的なのも、男子生徒にはむかつくようだ。
ただ一人角谷という女子は、2学期から淳一を目の敵にするようになった。
昼食時、わざわざ弁当を見に来て笑ったり、みんなの前で意地悪を言ったりする。
「倉本君、駅からバスに乗らんと歩いてるでしょ。いつも汗かいて来るから、見たら暑苦しいのよね。やめてくれへん?」
数人の男子が同調して笑う。
バス代を節約するため、入学以来、歩いて登校している。
もう涼しくなってきたが、汗臭いのだろうか?
水泳部では、温水プールに行く日の連絡が携帯で行われるため、淳一に届かないことが何度かあった。そこで2年生の一人が予定を知らせることになったらしい。
休み時間に谷田先輩が教室に来て、みんなの前で淳一に毒づいた。
「何で俺がお前の連絡係をせなあかんねん。お前のとこ、携帯も電話もないんやて?お前、縄文時代の原人か」
聞いていた同級生が一斉に笑った。
中には笑い転げている者もいる。
次の授業は英語だった。
淳一は若くて熱心な吉見先生の授業を楽しみにしていた。
その日は教科書のコラムにあるイギリスの詩人ワーズワースの話をした。
以前ワーズワースが少年期に両親を亡くしたと知り、図書室で彼の詩集を探し出して読んだことがある。自然を讃え、平明ながら奥の深い詩が多い。
「ワーズワースの他にイギリスの詩人を知ってる人いるかな?」
みんな関心なさそうな顔をしている。
「倉本君どう?」
何で俺を当てるんだ?
そう思いながらも答えてしまった。
「バイロン、キーツ、ブレイク・・・とか」
「すごいね。ブレイクやキーツの名前を生徒から聞いたのは初めて。どうして知ってるの?」
声を出して読むのが好きだから、そんなことを言うつもりはない。
口をつぐんだ。
「原人やから」
誰かがつぶやく声が聞こえた。
そこで爆笑が起こり収まらなくなってしまった。
あっけにとられていた先生は、嘲笑が淳一に向けられていることを知り、本気で怒り出した。
「知識のある人を馬鹿にするなんて最低よ。高校生にもなって何て幼稚なの」
顔を真っ赤にして、注意は続いた。
馬鹿だったな。詩人の名前を言ったことを後悔した。
もう当てられても黙っておこう。
それにしても原人が縄文時代にいるはずないな。
猿人と言われなかっただけましか。
次の日、陸上部の萩田がやって来て、廊下の窓越しに淳一を呼んだ。
「おい原人。明日の駅伝は練習中止になったからな。野路にも言っとけ。聞こえとんのか原人」
教室中に聞こえるようにわざと大声を出した。
昨日の今日で、さすがにあからさまに反応している者はいない。
「おい、原人。お前日本語わからんの・・・・」
声が途切れたので廊下に目を向けると、野路が萩田の胸ぐらをつかんでいた。
「ぎゃあぎゃあうるさい。お前、猿か。それで原人てだれだ。名前を言ってみろ」
背は野路の方がはるかに高いので、萩田は見上げながら目を白黒させている。
「お前、倉本の悪口を言いふらしてるやろう。陸上の先生にも言っとくからな」
「ちくりが」
萩田は逃げるように走っていった。
野路は淳一を見ると、にやっとして片手を上げた。
最近よく話しかけてくる。
何で俺の味方をしてくれたんだろう?