初めてのキス
クリスマスイブの日、彼女の家に招待された。
上等な赤ワインを三田島医師から勧められ、不覚にもリビングのソファーで寝てしまった。
どうも酒は強くなさそうだ。
朝、暗い内に目覚めると、毛布をかけられていた。
この家で寝てしまったのは二回目だ。
あほ面の寝顔を二度も見られてしまった。
昨日、彼女から受け取ったプレゼントはランニングソックス。
神戸マラソンの副賞を貰ったから何もいらないと言われていた。
『英語で読む格言集』の本をプレゼントした。
愛読していた本だが、少し固すぎたかもしれない。
女の子に何を渡したらいいのか見当もつかない。
まだ7時前なので、黙って帰りかけた。
少しだけでも由佳に会いたいと思った。
彼女の部屋に行くか迷った。
まだ寝ている部屋に入っていいのかな?
もし両親に会ってしまったらばつが悪い。
会いたい気持ちの方が勝った。
階段を静かに上り、彼女の部屋に向かう。
そっとドアを開けた。
カーテンが閉められているので暗い。
ドアを閉めてベッドの横に立ち、彼女の寝顔を眺めた。
掛布団で顔は半分隠れている。
胸の鼓動が早くなってきた。
顔が紅潮してくるのが分かる。
おでこにキスくらいなら、と思って顔を近づけた。
突然、彼女が目をあけた。
体が固まり動けなくなった。
寝ていたはずなのに俺の気配に気が付いたのか。
怒るかな?
彼女は淳一の目を見つめている。
見つめ合う時間だけが過ぎていく。
急に布団から両腕を伸ばし、淳一の首に巻き付けた。
引っ張られるようにベッドの上に倒れこんだ。
唇を近づけ目を閉じた。
柔らかい唇。
初めてのキスだ。
夢中で吸いあっているうちに、舌が絡まり合う。
手が勝手に彼女の胸の膨らみを探して動く。
下腹部が痛くなった。
何秒?いや何分もたった気がする。
頭が真っ白になっている。
これ以上だめだ。
苦しくなり体を離した。
カーテンの隙間から光が差していた。
上気した顔の彼女が、寝たまま手を動かした。
「キスはクリスマスプレゼント?」
どういうこと?
ああ、さっきのキスがプレゼントかと聞いたのか。
思わず声を出して笑ってしまった。
しまった。
声が大きすぎだ。
口を押さえたが、まだ笑いがこみあげてくる。
とんだサンタさんだ。
彼女に布団を掛け直した。
「起こしてごめん。もう一度寝るといい」
小さくうなずいた。
手を振って部屋を出た。
やっと彼女とキスができた。
幸せな気分でリビングに行くと、母親にばったり出会った。
また息が止まった。
「おはよう。よく眠れた?ごめんね、お酒無理強いして。パパはご機嫌でまだ寝てるわ。あなたも朝早くから由佳と楽しそうだったね。笑い声が聞こえてたわよ」
「いや、あの、挨拶だけして帰ろうと思って。いつも迷惑かけてすいません」
「私の顔を見たら謝ってばかりね。そんなに怖いかな。朝ごはん食べて帰ってね」
母親と二人だけの朝食は、野菜サラダ山盛りとベーコンサンド。
それに昨日のケーキの残り。
少し前に由佳とあんなことをした後で、何とも落ち着かない。
黙々と食べていると、母親が由佳のアルバムを何冊か持って来てくれた。
生まれた時から見ていくと、裸の彼女が出て来たので笑ってしまった。
2才をすぎると今の面影がある。
可愛いのに笑顔の写真は少なく、意志の強そうな口元、利発そうな目が印象的だ。
「この子小さいころから元気すぎてね。補聴器をつけても嫌がって、外しては逃げていたのよ。お姉ちゃんはおとなしくて聞き分けがよかったのに。でも習い事はよく頑張ったわ」
「習い事ですか?」
「スイミングに柔道。習字やお絵かき。ピアノまでやった。ピアノはさすがに長続きしなかったけどね。続いたのは習字と算数教室くらいかな。スキーは去年2級が受かったけど、今年行くのは無理ね」
「すごいな」
「あの子、聞こえないけど結構力を持っていると思うの。だからいろんな経験させて資格を取って、自立させたいと思ってきたの。だからね・・」
だから・・いつも聞かされる。
どう答えたらいいのだろう。
リュックを背負って寺まで帰る。
唇に彼女の感触がまだ残っている。
何とも言えないふわふわした気分で、朝の静かな道を走った。
帰ったら、庭の掃除だ。




