初マラソン前夜
駅伝は、走る人数分の喜びや悔しさが凝縮している競技だと思う。
応援してくれる人の熱意や気持ちが、全身に伝わってくる。
でも俺の目指しているのは駅伝ではない。
優勝は京都学院大。六甲大は8位。
淳一は45分2秒で区間賞。
監督が雨の中、傘もささず挨拶をした。
いつになく言葉に力が入っている。
「ついに悲願のシード権を獲得した。来年は、順位をさらに上げるよう諸君の健闘を期待する」
片付けが終わり、帰りは自由解散だった。
すぐ駅に向かう。
「いつもの彼女が待っているのか?」
先輩の誰かが言うとみんな笑った。
「あいつ神戸マラソンに出るんです」
東田が言ったので笑いが止まった。
「明日だろ?大丈夫かよ」
言わないでほしかったな。
頭を下げ、分担して持って帰る荷物を抱えて駅に走る。
みんなは、打ち上げを兼ねて今から食事に行くそうだ。
帰りの電車は行楽客で混んでいた。
大津から神戸まで立ったままで、三宮に着いた時は心底疲れ果てていた。
マラソンの前日受付を行うポートアイランドのホールで、出場者の長い列に並んだ。
やっと手続きを終え、ほっとして座り込むともう立てなかった。
その場所で由佳にメールをした。
「ものすごく疲れた。君に会いたい」
すぐに返事が返って来た。
「うちに来て。駅で待っている」
一時間後、駅で母親が運転する車に倒れこむように乗った。
「大丈夫?疲れた顔をしている」
もう返事をするのもしんどい。
医院に着くなり風呂に入れられ、来たことを後悔した。
きれいなお風呂だが、全然落ち着かない。
風呂なら寺でもよかった。
気兼ねせずに入れて、すぐに布団で眠れたのに。
風呂から出ると、診察室のベッドに寝かされた。
三田島医師が入念なマッサージをしてくれる。
もう目を開けておれない。
その辺で不覚にも眠り込んでしまったようだ。
何度か様子を見にきたのは覚えているが、起き上がれなかった。
気がついたら診察用のベッドで寝ていた。
毛布を掛けてもらい、電気も薄明かりにしてくれている。
今、夜中の12時ということは、ここで5時間も寝たのか。
両足に湿布をしてくれていた。
恐る恐る歩いたが痛みはない。
リビングで荷物をまとめていると、ガウンを羽織った母親が起きてきて、スープを温めてくれた。
「由佳、寝ちゃったわよ。明日あなたの応援に行くからって。でも大丈夫?昨日より今日の方が走る距離長いでしょう」
「すいません。いつも迷惑ばかりかけて申し訳ないです」
「うちは特に困らないけど。由佳もあなたもすごく会いたかったみたいね」
温かいスープが全身にしみこんでいくようだ。
深夜、寺まで車で送ってくれることになった。
迷惑かけまくりだし緊張もする。
「由佳ね、あなたのサポートを休んで看護学校の受験勉強をしているけど、淳一さんと同じ大学に行きたいって言い出したわ。おばかさんね」
「彼女が行く気なら、僕が助けます」
「どこでもいいのなら大学には入れると思う。でもあの子の受け入れ態勢がないとついていくのは大変。まだまだ日本は遅れているわ。それにね、前あなたが梶井さんと口話で楽しそうに会話しているのを見て悔しかったんだって。パソコンにマイクをつけて口話の練習もしてるみたい」
「彼女の時間を取ってしまったみたいで、悪かったと思っています。」
「あの子が何にでも挑戦しようとしているのは、あなたのおかげだと思う。パパもあなたのこと、もう息子みたいに思っているしね。でもね」
寺に車が着いた。『でも』何だろう?
準備をして寝たのは、やはり午前2時になってしまった。




