東北へ
引っ越して3目目。
この部屋を一週間も空けることになった。
神戸発のボランティアバスに応募していたのだが、抽選で落ちていた。
ところが急に欠員が出たとのことで、東北に行けることになったのだ。
まだ荷物は片付いていないし、寺の仕事もろくにできていない。
住職夫婦は、東北に行くならと快く了承してくれた。
由佳は、理解できないようだった。
「せっかくコースを考えたのに、まだ1回も走っていない。私と練習したくないの?」
「違う。僕は今、走ることより大事なことがしたい。帰ったら、君の言うとおりに練習をするから許してほしい」
「今回だけだからね。私に出来る事はない?」
「ない」
うらめしそうに口をとがらせたので、あわてて付け足した。
「お金を少し貸してくれる?」
出発の前日、10万円を持ってきてくれた。
「父さんと私で半分ずつ出した。父さんの分は、返さなくていいと言っていた」
ため息が出た。
お金に困ったことなんかないのだろうな。
バスは神戸から11時間かけて、岩手県の遠野市まで行く。
そこを拠点にして各地に出かけるそうだ。
マイクロバスで、長時間身動きができないのはつらいが仕方ない。
車中では魯迅選集を何冊も読破した。
小説はどれも短く内容の重い作品ばかりだ。
魯迅の願いや怒りが伝わって来る。
しかしもっと気楽に読める本を持ってきてもよかった。
遠野には夜着いた。
ボランティアセンターの男子棟で、全国から来た人たちと雑魚寝をする。
次の日は、陸前高田市の海岸近くにある魚工場跡地の整備をした。
魚の缶詰工場が被災して、大量の冷凍魚が広範囲に散乱していた。
猛烈な悪臭で、黒いかたまりに見えるほどのハエが飛び回る中、数百人が袋に魚を土ごと入れていく。作業はどんどん進んでいき、機械なしでも協力して働けば、かなりの作業ができるということを体感した。
3日目は大槌町にある川の整備。
精霊流しのため、川や周辺をきれいに清掃をした。
作業は割と簡単に終わり、近くの風呂屋で汗を流したら、もう神戸へ帰る準備をする。
せっかく東北に来たのに、これだけでは納得できないと思った。
リーダーに相談すると、一週間後またバスが戻って来る。
その時、空き席があれば乗せるが、確約はできないということだ。
席がなければ自費で戻らねばならない。
借りたお金もあるし、それでもいいか。
仮設の宿舎には、常時数十人が寝泊まりしていた。
少し離れた棟は、支援に来た県警の宿舎になっている。
その宿舎を横目に見ながら思った。
もし防衛大に入っていたら、こんなゆるい活動ではない苦労をしていたに違いない。
本当はそうしたかった。
4日目から、できるだけきつい仕事を選んだ。
重機が入る前に、がれきの下にある遺品や遺骨を探す作業だ。
やりがいはあったが、泥にまみれたランドセルや学用品やアルバムを見つけては、持ち主のことを考えて胸が痛んだ。
遺骨は探し出せなかった。




