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君とオリンピックに行きたい  作者: 友清 井吹
48/137

取り分はは5%

7月末、住んでいた家を出ることが、本決まりになった。


義父に呼ばれてマンションに行くと、親族の四人が集まっていた。

まずなみ江さんが口火を切った。


「ほんなら始めよか。あの家な。私、体えらいのにあっちこっちの不動産屋に聞いたんやけど、やっぱり26年も過ぎたら、家の値打ちはゼロ。土地の評価だけや。一番条件が良かったんは、家の取り壊し代を含めて880万円やて」


「あそこはまだ十分住める。土地も広いし一千万は超えるはずだろう」

長兄が文句を言っても、なみ江さんは取り合わなかった。


「うちの人とも相談したんやけど、キリよう500万はうちとこ。150万ずつ、あんたら二人。残る80万を淳一君に分けたらと思ってるんやけど」


長兄は真っ赤な顔をして何か言いかけた。

「文句言いたいやろけど、嫌やったら弁護士立てるしかないわなあ。けどこんな額で弁護士雇ったとしても、もらえる分はかえって減るかもしらへんで」


長兄は淳一を睨み付けて言った。

「こいつ、大学まで入れてもらったんやから80万もやる必要ない。親父から金を貰ったから行けたんやろうが」


やっと俺の出番か。

「お父さんから祝い金一万円をもらいました。それだけです」


「とにかく俺等の半分以上は多すぎる。引っ越し費用だけでいいはずや」

黙っている淳一の側で話し合いは続いた。


『カラマーゾフの兄弟』に出て来る三番目の息子、アリョーシャを思い出した。

彼ならこんな時、微笑みながら全部渡してしまうのだろう。


80万円から20万円ずつ三人に渡すことになった。

何年も家を守った代償が20万円か。


洋二兄が辞退したので、淳一の取り分は40万円になった。

申し訳ない。


義父が最後に口を出した。

「これで話はついたな。淳一には悪いが、あそこは盆明けに解体を始めるから、それまでに出る算段をしてくれんか。まあ、これから元気でな」


俺の分は5%もない。

あるだけでもよかったとしようか。


ほんの少し前に住む場所が決まって本当によかった。

三田島先生に大感謝だ。


もうこの人たちと会うこともないな。

「お世話になりました」と言って家を出ようとすると、洋二兄が追いかけてきた。


「淳一、ほんまに俺達とはこれで最後なんか?」

「いや洋二兄さんと姉さん、美紀ちゃんにはこれからも会いたいです。いつか彼女を連れて行きますよ」

義兄は顔をほころばせた。

「ほんまやぞ。絶対連れて来いよ。美紀がお前を取られたと言って怒るやろけどな」


前期試験が終わった日、日本史概説を教えている田代教授を訪ねた。

教授の講義は、名調子で面白く分かりやすかった。

ただ概説といっても郷土史の話ばかりだ。

大学の前期が終わったというのに、まだ平安時代が終わっていない。

小柄でぽっちゃりした教授が迎えてくれた。


「僕はまだ1回生なんですが、今から日本史の必須史料を読んでいきたいと思っています。何から読んだらいいか教えて欲しいと思って伺いました。やはり古事記や日本書紀から読むべきですか?」

「いやいや、あれは史料とはいえん。SFに近いな」

「じゃあ学部の1、2年では何から読んだらいいのですか?」

「そうやなあ。私が30年前に戻ったとして考えてみて・・。時代順にいこか。まず平安から『御堂関白記』と『平家物語』。ちゃんと底本がある奴な。小説とちゃうで。鎌倉では『吾妻鏡』にしとこか。室町は『太平記』。長いけどおもしろいやろ。それから『信長公記』かなあ。読み終わったらまた聞きにおいで」

漢字も教えてもらいながらメモに取った。


「ところで君は何かサークル入ってるんか?」

「陸上部で長距離をやっています」

「君なあ、何十キロも走るなんて体に悪いことせんと勉強しいよ。まあ走ることを研究するんやったら秀吉の中国大返しは知ってるやろ。あの速さを調べるのも面白いかも知れへんなあ。参勤交代や東海道を旅行する人、どれくらい速かったか知らんやろ。昔の人間は、今と比べもんにならんくらい健脚やったんや。そんなんも調べたらええなあ」


早く本が読みたくなった。

走りながら勉強を続けよう。


由佳にも勉強する楽しさを知らせたいと思った。

あの子ならわかってくれるはずだ。



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