けんかのやり方
洋二兄が久しぶりに電話を掛けてきた。
今住んでいる家を処分する話が進んでいるそうだ。
「親父はここを売って、今のマンションの借金を完済したいらしい。淳一はどうするんやと聞くと、大学に入ったら出て行くと言うた、と言い張っている。今すぐということはないと思うが、なみ江さんがせかしているらしい。俺も兄貴も、今安売りするのは反対やけどなあ」
貯金は、10万円程ある。
6月から始めた家庭教師と奨学金で月7万円。
土日は陸上の試合や練習でバイトができていない。
下宿すると六千円増額されるが、それで生活できるだろうか?
下宿代が3万以下なら何とかなりそうだが、そんなところが果たしてあるかな。
バイトを増やすのは仕方ないが、陸上はやめたくない。
今のところ、かなり助かっている家庭教師を向うの家でやるようにした。
簡単な夜食を作ってくれるのがありがたい。
閑静な住宅街の中だが、それほど裕福とは思えない家だった。
子供もだいぶなじんできてくれた。
なぜ塾にせず家庭教師にしたのかもわかった。
いじめだ。
教えている小6の大輔は、気弱で若干肥満気味。
塾でも学校でも同じ奴にちくちくやられてきたらしい。
淳一は、転校した当初しばらくやられたことがある。
そのいじめは、母も担任も知らないはずだ。
解決は難しくない。
男子の場合、いじめてくる相手をやっつければいいだけのことだ。
大輔にいじめをする奴を倒すやり方を伝授した。
やられてもへらへら笑うな。逃げるな。
そいつの襟を思いっきりつかめ。
後はその体勢で壁まで押しまくれ。
殴られても手を離すな。
実際にやらせてみた。
殴ったり蹴ったりしてはいけない。
ただ押しまくれ。
向うが泣くか謝ったら離せ。
大輔の顔つきが変わっていた。
明日学校でやってみろ。
「やったよ、先生!」
次の日、彼から弾んだ声で電話があった。
家庭教師が終わったのは8時前。
駅へ歩きながら何度もため息をついた。
中学の受験問題は難しすぎる。
小腹が減ったからおにぎりでも買おうか。
そう思って駅近くのコンビニに入ろうとすると、店の前で男女がもつれあっていた。
言い争っているのに声は聞こえない。
ふざけているだけか。
ちらっと顔を見ると、まさかの由佳だ。
ずんぐりとした男に無理やり手を引っ張られ、それに抵抗している。
こんな所で何をしている?
若い男は、筋肉質で腕も首筋も太い。
何も考えずに二人の間に割って入った。
間違っていたなら大恥だ、と思いながら女性の顔を確かめた。
やはり彼女に違いない。
口元に強烈なアタックがきて吹っ飛ばされた。
立ち上がってつかみかかると足払いをされ、また派手に転んだ。
持ち物が辺りに散乱した。
周りを取り囲む人が増えてきた。
コンビニの店員も出てきて「警察を呼びますよ」と大声を出した。
男がこちらを睨み、逃げるように走り去った。
結局、何にも力になれず、口を切り鼻血を出しただけだ。
周りの人に手を引かれ、何とか立つことができた。
情けないし恥ずかしい。
由佳が落ちていたノートや文具を拾ってくれた。
次に自宅方向を指さして、先に歩き出した。
その後をハンカチで鼻や口を押さえながらついて行く。
こんな格好じゃなくて会いたかった。




