会いたい
彼女とは、デートを一度しただけで会えなくなってしまった。
俺は失恋したのだろうか?
理由が分からないので、もやもやしたままだ。
あれ以来手話もさっぱりやっていない。
たまたま図書館でろう教育の本を見つけて読みふけった。
ろうの人がやる読唇とか読話と言うのは、相手の唇の動きを読み取ることらしい。
それで由佳さんは俺の口元を見ていたのか。
口話はろう者が、声を出して意思疎通を図ること。
自分の声が聞こえないのになぜ話せるのだろう?
彼女の口話を聞いてみたい。
話し合ってみたい。
彼女に猛烈に会いたくなった。
別に二人の間にトラブルがあったわけではないだろう?
メールで野路に打ち明けると、すぐに返事が返ってきた。
「絶対彼女は迷っているって。あきらめるな。お前らしくない。本当にお前が嫌ならメルアド変えているよ。次のアタックをさっさとやれ。そして結果を必ず報告しろ」
でも再アタックしてだめだったら、ダメージが大きいよ。
とにかくどこかで彼女を待っているより、きちんと会った方がいいような気がした。
心を決めて木曜日の夕方、彼女の家に行った。
病院の玄関に入ろうとしたが、すでに医院は暗くなっていた。
今日はもう終わったのか?
迷いながら呼び出しボタンを押した。
『木曜日の午後休診』という表示がぶら下がっていた。
何をやってもだめな時はだめだな。
帰りかけると入口の明かりがつき、三田島医師が顔を出した。
「あの、今日が休みだと知らなくて・・」
逃げるわけにはいかず、ぼそっと言った。
「ああ君か。入りなさい」
医師は、私服でいつもの白衣と違う。
「どうした。また足が痛くなったのか?」
もうはっきり言おう。すがる思いで打ち明けた。
「えっと、由佳さんと前に会ってから連絡ができなくて、それでまた彼女に会えないかなと思って・・」
情けない説明だ。
肩を落としている淳一に、三田島先生は待合室に入れてくれた。
「倉本君だったな?由佳はなあ、今まで男関係というか、あの子に手を出す奴がいて、それでナーヴァスになっていたんだよ」
男関係?手を出された?まだ高校生だろ?
「それで男性に対してすごく恐怖心を持ってしまったみたいなんだ。それは親父の私にすら感じるみたいでな。それを君は気付かなかったか」
だから手を握られることを嫌がっていたのか。
「あなた、もうやめて」
後ろから声がした。
彼女の母親だ。医院の受付で見る優しい顔ではない。
「もう帰ってください。由佳のことはもう忘れて。何であの子を追いかけるの?」
思わず言い返してしまった。
「何で会ったらだめなんですか?」
父親が、苦笑しながら割って入った。
「まあ後は由佳次第だな。由佳の心がほぐれるのが果たしてひと月後か、半年後か、しばらく間をあけた方がよさそうだ。それまで君は待てるか?」
はあ、と間の抜けた返事をした。
半年後?
もう会うなっていう事か。
医院を出ると、すぐ鍵をかける音がした。




