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君とオリンピックに行きたい  作者: 友清 井吹
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今しか読めない本

尼崎市で行われる中長距離大会の一万mにエントリーした。


一万のレースは初めてだ。

校内では五千を二度走ったが、15分台が精いっぱいでベスト記録には遠く届かない。

また元に戻ってしまった。


由佳さんに試合場所と時間をメールで知らせたが、返事はなく姿を見せることもなかった。

記録は32分28秒。14人中3位。

悪くはないが、俺もこの程度か。


ここにきて大学での部活と学業、それにバイトを両立させるのは、相当厳しいことを思い知った。

授業以外に、陸上に打ち込みながら長期のバイトをするのは至難の業だ。


文学部の講義は、課題が次々に出されるので下調べに時間がかかる。

睡眠時間が少なくてはまともに走れない。


文学部は、運動なんか最初からやるつもりのない学生の来る所だったようだ。

せっかく出会えた彼女とは会えない。

手近に新しい恋人を作ればいいのだろうか?


最近はロシア文学ばかり読んでいる。

トルストイやチェホフは読みやすいので何冊も読み終えた。

ドストエフスキーの『悪霊』には引き込まれた。

今は『カラマーゾフの兄弟』を読んでいる。

恐ろしく長いし、出て来る名前も筋も複雑で、もう投げ出したくなっている。


そんな本を読んで、神と人間の関係や富める者と貧しい者がいる矛盾について考えさせられた。

俺が貧しいのは親がいないから。

それは当たり前で、そこから抜け出すことが自分の課題だと思っていた。

東田や多くの六甲大生、由佳も富める側だろうな。


羨ましいとは思うが、階級として敵対する関係だなんて考えたこともなかった。

そんな視点もあったのか。


ロシア文学を読もうと思ったのは、中国語の女性講師、趙先生の影響だ。

講義の初日、おかっぱで四十才位の先生は熱意を込めて話した。


「私は、日本生まれの日本育ちです。中国文学が専門で中国語は話せるけれど、語学を教えるのは得意ではない。でもやる以上は手を抜いたりしない」


先生は熱心で、どんどん指名してくるのでぼんやりできない。

ついて行くために予習が欠かせない。

講義は厳しいが楽しかった。


発音や簡体字も興味深いが、先生が学んだ北京大学の思い出や大学で学習すべきことなどを織り込んだ話が琴線に触れた。


「今君たちが読むべき本って何だと思う?例えば村上春樹がよくないとは言わない。だけど、ああいう本は大学を出てからでも読める。今は読むのがしんどい本に挑戦しなさい。原書で読むのがベストだけど」


ということで挙げたのが、ドストエフスキーや魯迅、ニーチェ、サルトル、ガルシアなど三十人くらいを列挙した。時代や歴史を変えた書物、とりわけアジアや中南米の文学に接して欲しいとのことだ。


今しか読めない本か。

知の世界が広がっていくような気がする。



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