見えない祝福者
2月末、伊吹東高校の卒業式があった。
式が始まると、最初に卒業証書の授与がある。
担任から名前を呼ばれたら、壇上で校長から一人ずつ証書を受け取る。
背の順なので、淳一はクラスの一番最後に並んだ。
頭を下げ証書を受け取った後、向きを変え、会場を見回した。
近親者はだれも来ていない。
だれにも知らせてないから当然だ
中学の卒業式も一人だった。
高校の入学式も卒業式も一人か。
その時、知る者がいないはずの会場から、祝福の声が聞こえた・・ような気がした。
次郎が、吾一が、ハリーポッターが、赤毛のアンが、オリバーツィストが、モモが、バスティアンが、アトレーユが、ホビットのフロドも。スカーフをしたソーニャが。そしてジャンバルジャンやコゼットも。みんなが声を上げた。
『おめでとう。よくやったよ』
『つらいこともよく我慢したな』
『偉かったぞ淳一』
『未来を信じるのよ』
階段を降り、自分の席に戻る途中から、涙が出そうになり、顔をゆがめた。
唇をかんだ。
それでも涙を押さえきれなかった。
淳一の顔を同級生が不思議そうに見た。
確かに泣くには早すぎる時間だ。
座席で卒業証書の筒を握りしめ、目をつぶった。
俺を祝福してくれるのは、見えない物語の主人公たちと亡くなった母だけか。
教室では、花束をもらった吉見先生に、全員が「はるか、はるか」のコール。
先生は感極まって泣き出した。
吉見先生を好きなのは、俺だけじゃなかったんだな。
教室を出ると野路の母親が近づいて来た。
「彰人じゃなくて、あなたを見ていたら涙が出たわ。一人で本当によく頑張ったわね」
その言葉でまた泣きそうになった。
運動場では、浅岡先生と木ノ嶋さんが淳一を待っていた。
そうか、この二人が親子だったのか。
木ノ嶋さんの大きな目が潤んでいた。
どうして俺なんかに涙を?
花束をもらって握手すると、本当に涙をこぼしたのでどぎまぎしてしまった。
浅岡先生にも礼を言って頭を下げた。
この人たちにまた会える日があるだろうか。
俺は一人ではなかった。
見守ってくれる人は母さんだけではなかった。
卒業生に取り囲まれている吉見先生に、少し離れたところから深く頭を下げた。
淳一に気付いた先生は、何か言いたげにこちらを見つめた。
けれど今日はもういい。
いつかまた会いたい。
会ってお礼を言いたい。
成長した自分を見てもらいたい。
先生のことが大好きだったということも伝えたい。
踵を返して一人で校門に向かう。
思い出がいっぱいの3年間だった。
でも、もう振り返らない。
俺には次のステージが待っている。




