カンパはいらない
クラスでは修学旅行に向け、グループ作りや部屋割りの話題で盛り上がっていた。
吉見先生には、もう旅行に行かないと伝えていた。
放課後、また吉見先生に職員室に呼ばれた。
広い部屋はざわざわとしている。
先生の隣の席に座るよう促された。
いつになく明るい表情だ。
「修学旅行に行けるようになったから、もう心配しなくていいよ。小遣いもなんとかするから」
「どうして急に行けるようになったんですか?」
「いろいろ手を尽くしていたら何とかなったの。バックとかある?なかったら言ってね」
そこへ反対側の机から、昨年担任の新藤先生が手を伸ばし、封筒を吉見先生に渡そうとした。
「これ、倉本の分。あと三人ほどカンパいけそう」
そう言った瞬間、目の前に座っている淳一に気が付いた。
「倉本・・・。お前、なんでここに?」
『倉本の分』『カンパ』と聞いた瞬間、話がつながった。
体が硬くなり、こぶしを握りしめた。
吉見先生は新藤先生をにらんでいる。
「いや、あの倉本。勉強なあ、去年のように頑張れよ。修学旅行で心機一転してな。お前が行けば全員そろうし・・・・」
怒るな。落ち着け。
ここで吉見先生を傷つけてはいけない。
椅子からゆっくり立ち上がった。
「すいません。いろいろしてもらって。でもたとえ旅行に行けても・・・・・」
もう言葉が出ない。かすれた声で言った。
「僕は・・・、僕は先生には本当に感謝しています。でも・・申し訳ありませんが」
先生の顔を見ず、深く頭を下げ、唇をきつく噛んで席を離れた。
出口まで遠いな。
絶対にこんな所で泣きたくない。もう涙が出そうだけど。
新藤先生が追いかけてきた。
「倉本、人の好意を受けることも大事だぞ。吉見先生な、お前のこと本当に心配してたんや」
肩に置かれた手をゆっくりはずした。
周りを見ると、多くの先生がこちらを見ていることに気付いた。
出かけた涙は引っ込んだ。
頭を下げ、表情を変えず職員室を出た。
人の好意か。
いっそ「行けるんですか!」と大喜びしていれば、何もかも丸く収まっていたのかもしれない。
俺はその手の性格じゃない。
貧乏で、一人ぼっちで、寂しがり屋で、ひねくれ者だ。
一人で何にもできないくせに格好をつけて、虚勢を張って生きている。
まるで井伏鱒二の『山椒魚』みたいだ。
こんな時は、これまでなら寺に行き、気持ちが落ち着くまで母の写真と向かい合ってきた。
でも今日は行かない。
泣くためだけにあそこへ行きたくない。
今日も5時からバイトが待っている。
次の日、落ち込んだ様子の吉見先生は、淳一に小さな紙切れを手渡した。
『昨日はごめんなさい。あなたを傷つけるつもりはなかったけれど、結果的にはそうなってしまい後悔しています。クラスのみんなには当日、行けなくなったと知らせます』
もういいからほっといてくれ。
それに教室で、切羽詰ったような、謝るような目で俺を見ないでほしい。




