結婚しない?
「私ね、小さい頃ママが家を出てしまって、すごくお祖母ちゃん子でわがままで一杯に育ったみたい。今もだとパパは言うけどね。でも友達に意地悪ばっかりしてたんは、私に本当の友達がいなかったからかな。学年初めは、みんな私の周りに来るけど、3学期になったら、だれも寄ってこない」
その不安感や母のいない負い目で、仲間外れを率先してやったらしい。祖母にうそを言って、自分を注意した担任を責めてもらったこと。妹はいくらいじめても素直で優しいので、それも自分にはプレッシャーだとか、とどまることなく話し続けた。
はじめ相槌を打っていた野路は、持ってきた漫画を読み始めた。
淳一は、感動しながら話を聞いていた。
みんなそれぞれ悩みを抱えているんだな。
彼女は一人で半時間も話し続けた末、突然トイレに行くと言って部屋を出ていった。
「女子ってややこしいんだな。俺なんか幼稚で世間知らずだから、あいつらのことよく分からん」
「あれだけカミングアウトする女も珍しいよ。要するにちょっかいをかけてきたんは、お前に惚れた裏返しの行動だった訳や」
彼の携帯がにぎやかな音を出した。
短く返事をした後、淳一を見てにやりとした。
「じゃあ俺帰るな」
「待ってくれよ。俺、まさか角谷と二人だけなんて嫌だよ」
「いいじゃん。あいつに迷惑かけられたんやから、あいつを好きなようにしたらええんや。俺だれにも言わへんし」
片目をつむって、さっさと出て行った。
何でこんなことになったんだ。
ともかく早く帰らせよう。もう7時前だ。
いらいらしながら待った。
何でこんなに時間がかかる?
何でいつも俺を困らせることばかりやるんだ。
廊下に出てトイレを見ると電気はついていない。
2階には義兄の部屋がある。まさかと思いながら階段を上がり、洋二兄の部屋をのぞくと、彼女は机にうつ伏せていた。おずおず肩に手を置くとうるんだ目で淳一を見上げた。
「ごめんね。あんなに自分のことしゃべったの初めて。でもすっきりした。倉本君。私のこと大嫌いよね。謝っても許してくれへんよね」
勘弁してくれよ。
こんな時、どうしたらいいんだ。
「ほんとにごめん。私、何しにここに来たんやろ」
そう言うなり、淳一に体をぶつけてきた。
思わず肩を両手で受け止めた。
そのまま体を寄せて来るので抱きしめてしまった。
彼女の頭があごに当たる。
しばらくそのままにしていると麗奈の顔がだんだん上がってきた。
目を閉じたまま唇を向けている。
キスされるのを待っているのか?
息が荒くなり顔がほてってきた。
隣に洋二兄のベッドもある。
まさか、やってしまう?うまくできるかな?
けど、ほんとにいいのか?
両手で彼女のほおを持ち、唇を寄せていった。
後は、どうでも・・・。
突然、彼女の首にかけていた携帯がルルルル・・・、と小さく鳴った。
彼女は目を開け、携帯をちらっと見たが、取らなかった。
ため息をついた。
彼女の肩を押して距離をとった。
やめとこう。
気持ちはおさまってきた。
「俺はこういうこと、本当に好きな子としたいと思っていた。今君のことが好きかどうか分からない。もっとお互いがよく知り合ってから・・・・」
麗奈は、こっくりうなずいた。
「帰る。送ってくれる?」
野路がいないことについて何も聞かれなかった。
玄関を出ると淳一の左腕に手を回してきた。
「倉本君、あれ持ってたん?」
「あれって?」
「あの・・・、本番の時に使うやつ」
「本番?」
本番って入試のことかな?
麗奈は笑い出した。
「もううええわ。次に私が来たときに用意しといてよ」
よく分からんが、どうでもいい。
「ねえ倉本君。いつか私と結婚せえへん?」
思わず足が止まってしまった。
「うちに倉本君が養子で来てくれたら、パパは大喜びすると思うな。私が嫌だったら妹でもいいんよ。今中3。私と違って性格いいし。けど顔は少し地味だけどね」
そう言って笑い出した。ほんとにもう降参だ。
いつも行くスーパーの前まで来た。
向うから買い物袋を下げた女性が近づいてきた。
目が合った瞬間、お寺で出会った少女だと気付いた。
淳一の腕にぶら下がるようにくっついている麗奈をちらっと見て、表情を変えることなく通り過ぎていった。変なところをしっかり見られた。
「知り合い?」と聞かれたので首を振った。
麗奈は組んでいた腕を抜いた。
「もう遅いからパパに迎えに来てもらう。」
携帯で話し始めたので、話し終えるのを待たず、手を振って別れた。
その夜初めてラジオの英語ニュースを聞いたが、集中できずほとんど勉強にならなかった。
明日から心機一転しなければ。
萩田の親は来なかった。
結構だ。もうこちらも忘れたい。




