男一人の水泳部
次の週、橘香奈と階段の踊り場で出会った。
彼女を呼び止めると、表情を硬くして顔を向けた。
「ごめん。6月以降の陸上の大会。分かっていたら日程教えてくれないかな」
彼女は戸惑った様子で首をかしげた。
「陸上部の先生に、今年は陸上の大会に出ろって言われていたから」
香奈さんは表情を和らげた。
「ああ、去年の駅伝で倉本君、いい記録出したものね」
「あの時食べ損なったパンとおにぎり、今でも思い出すよ。ごめんな」
香奈さんはくすりと笑った。
「わかったら知らせる」
明るく階段を駆け下りていった。
野路がサッカーボールを持って階段を上がってきた。
「お前だな?吉見先生に俺のことを教えたのは」
「さあな。俺は、いつでも可愛い子と正義の味方だよ」
二年目の水泳部。淳一は泳ぐことに希望を見出していた。
今年は背泳と自由形で決勝に出るのが目標だ。
個人メドレーにも挑戦したい。
とりわけ紀和子先輩にもっと認められたい。
ところが水泳部が思わぬ方向に進んだのが、5月半ばのミーティングだった。
3年生の部長が部員全員の前で、男子は今年、水球に挑戦すると宣言したのだ。
「俺らは競泳のレベルは大したことないけど、ボール運動は結構できるやろ。水球はやる学校が少ないから、うまくいけば国体だって夢やない」
三年生の仁志紀和子は本気で怒った。
「何勝手なこと言うの。プールは一つでしょ。練習時間はどうするのよ?」
「それは考えている。月水金は俺たちで火木は女子。土日は、午前と午後の半分こ。月水金も4時半までならコースロープを張って練習してもいい。これ、もう先生の了承をとってある」
顧問の新藤先生は来ていない。
気が弱いから女子の前に出られないんだな。
淳一が手を挙げた。
「僕は競泳の方だけやりたいんですが」
日頃から淳一を目の敵にしていた谷田先輩は、大声でわめいた。
「お前みたいな原人、最初からいらんわ。もう人数そろってるしな」
俺以外の男子には声を掛けていたのか。
確かに淳一の泳ぎのレベルは上がってきたが、ボール運動はそれ程上手いとはいえない。
結局、男子部員は淳一以外全員が水球に鞍替えした。
競泳の練習には、男子の1,2年生数人がたまに参加していたが、そのうち誰も来なくなった。




