凱旋記者会見
目を覚まし、窓のシェードを開けると雲の上だった。
朝になったのか?
しばらく考えて、雲の上だから朝夕は関係ない事に気が付いた。
由佳はパソコンの文章を見ながら口話で話す練習をしていた。
「何の練習?」
「インタビューされた時、答えることを考えている。ジュンは大丈夫?」
前と一緒でいいだろう。
銀メダルぐらいで、記者会見なんかあるのかな。
彼女は、いつもくくっていた髪をおろしていた。
そういえばいつものリップではなく、薄い口紅もしてあり、普段の感じではない。
「きれいだよ」
「本当に?」
誰にも見せたくないと思った。
そんなわけにもいかないか。
成田空港に午後4時着。
つくば市の大学にいる野路に連絡している。
久しぶりに会うのが楽しみだ。
3人が国際線出口を出ると、カメラの放列が待ち構えていた。
フラッシュが一斉に光り、拍手も聞こえる。
カメラマン以外にも多くの人々が並んでいた。
後から誰か有名人が来るのか?
まぶしくて顔をしかめながら進んだ。
「銀メダルおめでとう」「倉本選手」「三田島さん」と言う声が聞こえた。
俺たちを出迎えてくれているのか。
けど何で由佳の名前が出て来るんだ?
大河原コーチが走って来た。
二人のマラソン選手と一昨日帰国したはずだ。
「何だその服装は。帰国したら、ここで記者会見があるのは当たり前だろう。何でユニフォームに着替えてこなかった。そんなこと常識だろうが」
顔も見ず、返事もせずに歩き出した。
「待て。連絡しなかったのは悪かった。記者会見でマスコミ各社からあの女の子も出せと言われている。君のコーチだったんだろう?いいな」
何で今頃。
頭に来て言い返した。
「疲れているし、ユニフォームも着てないからパスします」
彼女と母親は、二人のやり取りを見て心配そうな顔をしている。
「わかった。怒るな。その恰好でいい。しかし記者会見は必ず二人で頼む」
由佳に記者会見に出るかを聞くと、あっさりうなずいたので拍子抜けした。
彼女を守るため人前には出さないつもりだったが、そんなには気にしていないのか。
記者会見場は、広い部屋に大勢の記者とテレビカメラがびっしり並んでいた。
由佳は淳一にくっつくように右に座った。
カメラは、彼女ばかりを狙っている気がする。
「今から倉本選手の銀メダル獲得、凱旋記者会見を始めます。私は彼ならやってくれると、行く前から期待していました。それが実現したのは望外の喜びです。ここには私が依頼して、彼のコーチである三田島由佳さんにも来てもらいました」
一斉に手を挙げた記者の中から、大河原さんが指名した。
「倉本選手おめでとうございます。銀メダルを取られた感想をお聞かせください」
また同じ質問か。
同じ答えを繰り返すのも嫌になってきた。
「監督と大学の仲間たちや応援してくださった方のおかげです。それに僕はメダル、メダルとあおられなかったから、他の選手より楽だったと思います」
いつもの答えに付け足した言葉で、会場の雰囲気がが少し硬くなった気がする。
「銅メダルが銀になったことについてはどう思われますか」
「僕にとってはどちらでも同じです」
「動画を見ると、走り終わってから三田島さんに謝っておられましたね。金メダルでなければだめだということですか」
質問もシビアになって来た。
小さくうなずくだけで答えなかった。
質問者が変わり、女性のリポーターらしき人がマイクを持った。
「亡くなられたお母様に何と報告されますか」
そんなことまで知られているのか。
シャッターの音が立て続けに聞こえた。
泣くとでも思ったのだろうか。
自分でも顔が険しくなってきたのが分かる。
「ここで言いたくありません」
持っていた銀メダルを口でかめという注文。
大事な物ですからと言って箱にしまった。
由佳の首に掛けてもいいと思っていた。
もうやめだ。
彼女との関係をしつこく聞かれたが、「コーチです」としか答えなかった。
彼女との出会いや、手話の事、今どう思っているとかの質問にも答えなかった。
ロンドンの印象を聞かれた。
「取材ばかりでどこにも行けませんでした」
大河原さんに顔を向けて言った。
「もういいですね。帰ります」
椅子から立ち上がった。
すると彼に腕をつかまれ、耳元でささやかれた。
「あの子になんかさせろ。手話でもかまわん。何のためにここに連れてきたんだ」
「何かさせろって、どういうことですか」
もう出てやる。




