お母さんの弁当 (箱物語15)
夕食のとき。
「いいよ、むりしなくたって」
オレは口をとがらせた。
お母さんは二、三日前からカゼぎみで、夕食の準備だってかなりきつそうだったのだ。
「だいじょうぶ。作るから持っていきなさいよ」
「でも、熱があるんだろ」
「これくらい、どうってことないって」
お母さんは笑顔を見せた。
でも顔が赤い。
たぶん熱があるんだろう。
「コンビニでパンかオニギリ、オレが買ってけばすむことだし」
「ダメよ! ぜったい作るからね」
お母さんは一歩もあとに引かない。
――なんでだよ。
たまには弁当じゃないの、オレだって食べたいことがあるのに……。
「かってにしたら!」
イスをけるようにして、オレは立ち上がった。
お母さんと、また口ゲンカをした。
近ごろよくやっている。
――ホント、まいっちゃうよな。早いとこ、子ばなれしてほしいんだけど。
中学に入学してから……。
お母さんは弁当にこだわり続けている。それがわが子への愛情だと思っているらしい。
翌朝。
目ざまし時計に起こされて台所に行くと、ちゃんと朝食の用意がされてあった。テーブルの上にはハンカチでつつんだ弁当箱もある。
「お母さん、きつくて起きれないけど、ちゃんと食べていくのよー」
となりの部屋から声がする。
――熱があるっていうのに……。
そんな母さんにいいかげんあきれてしまった。
給食の時間。
くるんであるハンカチをほどくと、弁当箱の上に千円札とメモ紙が入っていた。
――どういうこと?
メモ紙を開いてみた。
気に入らなかったら近くのコンビニで好きなものを買って食べてね……と、ある。
弁当箱のフタを開けてみた。
白いオニギリだけで、オカズがなんにも入っていない。やっぱり体がきつくて、いつものように作れなかったのだ。
――お母さん、むりして……。
中学に入学した日のことを思い出す。
あのとき。
お母さんは神妙な顔で言った。
「うちは二人家族。だからね、あなたには淋しい思いをさせたくないの。どんなことがあっても、お弁当だけは作ってあげるからね」
これまで一度だって、お母さんが弁当を作らなかった日はない。どんなに仕事が忙しくても、体調が悪くても、朝早くに起きてこしらえてくれた。
――ありがとな。
オレはオニギリをほおばった。
塩味だけなんだけどサイコーにうまい。
鼻の奥がツーンとして、いつもよりしょっぱい味になった。