テンプレにおける盗賊の役割について対話形式で語ってみた
「なぜ、異世界テンプレでは盗賊は殺されなければならないのですか?」
そう質問してきたのはビギナー作家の花村小町さんだ。昨今の異世界テンプレに触発され異世界ものを書き出したごく平凡な高校生である。
「当然の結果だな。異世界テンプレにおいて盗賊は“モンスター”と同義だからな。ドロップアイテムも大金、レアイテム、奴隷と序盤では群を抜いている。殺されるのも当然だろう」
――盗賊
異世界に来たばかりの主人公の前に颯爽と立ち塞がり、無残に殺されるのはもはや異世界テンプレのお約束となっている。盗賊を一方的に殺して俺TUEEE、さらにはアイテム供給までこなす便利屋さんである。作者の都合で殺された盗賊は星の数ほどあるだろう。
俺、高宮昇の回答に、彼女は不満げな顔をして答えた。
「いや、そういう質問じゃないのです。相手も人間なのに、どうしてわざわざ殺すのですか?つい二、三日前まで普通の高校生だった人がどうして平然と人殺しできるんですか」
そもそもチート貰って異世界に来ている時点で普通じゃないだろ、というツッコミは心にしまう事にした。確かに最近の傾向では盗賊への風当たりがますます強くなっているのは否めない。かつては“殺す覚悟”なるお約束があったのだがそれも今は昔。もはや盗賊は人としての地位すら失いつつあった。
「ほう、じゃあ殺す以外にどんなやり方が?」
「改心させるとか、それが無理でも牢屋に入れるとか……そりゃ生かされたけどやっぱり敵でしたー、とかなら荒れても仕方がないですがそうじゃないなら別に良いじゃないですか!
殺さないでおいた盗賊が主人公のピンチに駆けつけて助けるとか熱い展開だと思いますよ!」
「30点だ。お前には作者の視点しか見えていない」
「そんな!」
困惑している彼女をよそに、俺は話を続ける。
「例えばだ、主人公が盗賊を懲らしめて
『今回は許してやるがもう悪事は行うな。次やったら命はないと思え』
と言ったとする。作者の目線からすればこれで盗賊は改心完了な訳だ。だがこれが読者視点ならどうなる?」
俺が言おうとしている事に気がついたのか、少女の顔が青ざめていく。
「読者の目線からすれば『盗賊が再登場するまで、本当に改心したのかは分からない』。シュレーディンガーの猫という奴だな。元々悪人だった盗賊が素直に改心するかは疑わしいし、仮に牢に放り込んでも脱獄する可能性がある。これでは読者は安心して放置できない訳だ。
だが殺してしまえば『再び敵対する事はありえない』。余程ひねくれた作者なら死霊術師が盗賊を蘇らせて、とかするかもしれないがわざわざチンピラを蘇らせる死霊術師の方がよっぽど現実味がない代物だな」
不確定要素は出来る限り廃除する。異世界テンプレの鉄則の一つである。
「不安要素を排除して読者を安心させる事は極めて重要だ。加えて、盗賊を殺せば確実にレアアイテムや奴隷を入手できる口実が出来る。凶悪な盗賊を倒したのでその盗品をゲットできます。奴隷も主人公に命を助けられた恩義で簡単になびきます、ってね」
いくら異世界テンプレが流行したとはいえ、さすがに理由もなく『凄いです!奴隷なります!』では四方八方からバッシングが飛んでくるのは避けられない。そこで盗賊様ご一行の出番である。
「単に奴隷を得るだけなら別に奴隷商館とかでも問題ない。これもれっきとした異世界テンプレの一つだ。それでも盗賊産の奴隷が生まれるのには理由がある」
「理由、ですか……」
「予め奴隷候補の少女の肉親やらを殺す、もしくは遠ざける事で身寄りがない状態にし、その上で監禁して恐怖を与える。その状態で颯爽とチート主人公が現れ救出すれば、一人ではやっていけない少女は主人公に頼るしかない。言うなれば、主人公の奴隷になる『必然性』を用意するのが盗賊の真の効果という訳だ」
決まった――そう思って彼女の方を見る。だが、そこにはつい先程までの意気消沈した姿はなく、むしろその言葉を待っていたかのような様子さえ垣間見れた。
「でも、それって奴隷じゃなくて仲間でいいですよね?」
「……え」
「どうして奴隷なんて差別的な身分にわざわざ自分からなりに行くのですか?それこそ主人公の信頼を得るのが目的なら
『あの、私を仲間にしてくれませんか!どうしても信頼できないなら、奴隷という身分でも構わないので……』
みたいに仲間になる事を提案してからでも遅くはないはずです。少なくとも私がその監禁された少女ならそうしますね。確かに恩義を感じた主人公に協力するのは必然だと思いますが、『わざわざ奴隷になる必然性』はどこにあるのですか?」
想定外の彼女の反論に、俺は思わずたじろいだ。確かに彼女の言い分は筋が通っている――最も、反論される事は想定外でも反論される内容は想定内だが。
「ああ、確かにその展開の方がリアルに考えるなら自然かもしれない」
俺の反応を聞いた彼女が、自らの勝利を確信するかのように勝ち誇った顔を向けた。
「だけど65点。及第点ではあるが、異世界テンプレとしては一歩足りない」
仲間という言葉はそう軽くない。つい今さっき出会ったばかりの人を『読者は』信用できるのか?
「作者からすれば盗賊から助けられた少女が主人公の仲間になるのに何の違和感も感じない。その上で先程の『あの、私を~』のくだりでも入れればもう完璧、と思う所だろうな。だけど読者視点ではまた別だ。少女が盗賊と組んでいる可能性はあるし、そうでなくても主人公を裏切る可能性は『作品が完結するまで』常に存在する。
ここまで来れば後は先程の盗賊の話と要領は同じだ。仲間が裏切る事はあっても『奴隷が裏切る事はない』。それこそ99%と100%の違いだが、そこには絶対的な差がある。その1%こそが、盗賊の件に限らず主人公のパーティーとして仲間より奴隷が選ばれる理由なんだ」
再び意気消沈した彼女に、俺は異世界テンプレの現実を叩きつける。なお、この話は奴隷の首輪等の便利アイテムがあるのを前提に話している。首輪や奴隷紋などの制約が無い奴隷なんて仲間以上に信用できない代物だからな。読者の目線で言えば。
「そもそも盗賊が改心するって口では軽く言うけど実際どうするんだ?盗賊だって霞を食って生きるわけにはいかない。じゃあ改心して働くのか?無理だな。誰がつい先日まで極悪人だった盗賊と働くと思うか。少なくとも俺ならお断りだな。
素直に出頭する?舞台は現代日本じゃないんだ。もし手ぶらで現れた人間が村を苦しめた盗賊だと気付けば村人はどうする?中世ヨーロッパ風の世界に当てはめるなら私刑執行されるのがオチだろうな。人殺し、窃盗、不法侵入などを働いた相手に慈悲を分け与えるほど異世界の住人、そして読者は寛容じゃない。
俺から言わしてみれば、盗賊を皆殺しにするより盗賊が改心する方がよっぽど不自然な夢物語だね」
改心と口で言うのは簡単だが、それを読者に納得してもらうには作者の高い力量が必要になる。かといって、単なる脇役どまりの盗賊に尺を割くのはもっての他。それなら地の分で『この後盗賊は改心して村に尽くすのだが、それはまた別の話である』とでも入れる方が100倍マシだろう。
盗賊は、悪人は殺されるしかない。異世界テンプレの残酷さを突きつけるのはビギナーの少女には酷だったかもしれないが、これが合わない、受け入れられないならそもそも異世界テンプレには向いていないという事だろう。
奴隷についても厳しい言い方をしてしまったが、それこそ奴隷にならない範囲で互いに危害を加えない契約を交わすなど抜け道は幾らでもある。それに気付く位の発想力が無ければ、異世界テンプレを書こうがどの道激しい競争を生き残れないだろう。
「……じゃないですか」
わなわなと震える彼女の姿を見て言過ぎたと気が付いたときには既に遅かった。恐らく、俺に黙ってやり込められている間にもフラストレーションは少しずつ溜まっていたのだろう。
それが今、爆発した。
「ファンタジーだから、悪人が改心してもいいじゃないですかぁぁぁ!」
堰を切ったように、彼女の魂の叫びが続く。
「そりゃ現実では悪人はたいてい改心しませんし、私だって元犯罪者と働くのはゴメンです。それぐらい私だって分かってますよ。だけど、そんな人間が改心して、ずっととは言わずとも最期くらいは良い事をするのがファンタジーの醍醐味でしょ!
だいたい異世界テンプレってチートとか何やら言ってるけど結局才能がある奴が勝つって言ってるだけじゃないですか。悪人は改心しない、才能こそが正義とか夢も希望も無いじゃないですか、このリアリスト共が!ファンタジーの中ではせめて、血ヘド吐いて頑張る人間が報われてもいいじゃないですか!」
「お前こそ何も分かってない。みんな勝ち組の疑似体験はしたいけど、今時の若者は血ヘド吐いてまで勝ち組になりたいなんて思ってねえよ!最近の就職活動の傾向でも調べてみろ。安定志向、そう、安定こそが最高なんだ。努力して頑張るのが一番なんて思想は旧時代の産物なんだよ!」
ここから後は議論とも言えない不毛な言い合いが続くだけだった。最早ここまで来るとどちらが正しい、間違っているという話ではなく単なる主義主張の違いでしかない。結局彼女は読者としては異世界テンプレを許容出来ても、作者としては許容する事が出来なかったのだろう。
そして、彼女と不毛な言い合いを続けながらも俺は一つの事を実感していた。
――こんな下らない言い合いが出来る、この世界がやっぱり一番です。
作品中の内容はあくまでも登場人物のセリフであって、努力する人間を貶める意図はありません。ファンタジーの中だけではなく現実にいる私たちも諦める事無く頑張るべきだと思います。