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天族のクラスメイト

 「おい二条! 飯食いに行こうぜ!」

 四限目の鐘が鳴り終えると同時に腕を枕代わりに机の上で顔を伏していた榊原はゾンビのごとく蘇った。その表情は地獄から解放されたかのように幸せそうだったが、生憎とこっちは今それどころじゃない。

 「わりい、他に寄るところがあってさ」

 「先に言っとくが食堂は出遅れたら最後、昼休み丸々潰れるからな。んじゃ、あばよ」

 榊原が俺の眼中から消え失せたタイミングを見計らって動いた人影――。

 そいつが誰なのかは考えるまでもなかった。


 「……ちょっといいかな?」


 俺の前に立ち塞がるように現れたのは例の銀髪女。

 覚悟はしていただけに別段驚きはない。

 「えぇーと、なにか?」

 「ここではちょっと……」

 暗に場所を変えようと促してきた女はこちらの返答を待たずして歩き始めた。

 もはや彼女からすれば決定事項なのだろう。俺はそれに従った。


 「図書準備室……」


 部屋に入るなり古本特有の埃っぽい臭い。個人的には苦手だ。

 どうせ呼び出されるのなら屋上とか体育館裏の方が幾分かよかった。

 まあ、人目につかないって意味ではこっちの方が確実なのだろうが……。

 「私に呼び出された理由はわかってるよね?」

 「いや、まったく身に覚えがないな」

 「嘘が下手ね。魔族がどうして私の結界内で平然としてられるのかは知らないけど、ちょっと大胆過ぎやしないかしら?」

 「……誤魔化すのは無理か。ここで俺を始末しようってわけだな?」

 すると銀髪女は鼻でフフッと笑った。

 まあ、察しはつく。これでも一応軍人だ。

 できる限り俺から情報を絞り出してから始末するつもりなのだろうが、こちとらそうなる前に自決するぐらいの覚悟は――……。


 (やっぱ死にたくねえ……)


 こうなれば玉砕覚悟で反撃しよう。

 どのみち死ぬのなら無様に足掻いた方が魔族らしい最後といえる。

 「待って、今戦う気はないわ。あなた弱そうだし」

 「おーおー、ひでえ言われようだな。だったら用件はなんだ?」

 いい読みだが、だとすればこの女の真意がまるで読めない。

 今すぐにでも俺を消せる状況であるにもかかわらず、距離を置いたまま話すってことは、俺はまだ死なずにすむ可能性があるということなのだろうか……?

 それが希望的観測であることは理解しているが、俺はどうしてもその考えを捨てる気にはなれなかった。

 「それよりもあなた……本当に平気なの?」

 「平気ってなにがだ?」

 「この部屋には上級魔族すら身動き一つできなくするぐらい強力な結界を張ってるんだけど、魔族ならなぜその影響を受けないの?」

 真顔でそう言う銀髪女。奴の話が本当ならこの部屋は限りなくヤバいらしい。

 しかしどうゆうわけか俺には何も見えないし何も感じないわけだが、それは単に俺が結界すらスルーしてしまうぐらい程度の低い雑魚ということでいいのだろうか?

 だとすれば不快だ。不快極まりない。 

 貧乳のくせにちょっと強いからって調子に乗るなよ。

 俺の報告を受けた本隊が日本に侵攻した際に滅ぼされるがいい。

 「あなたで何人目の魔族かしらね?」

 「なに……それはどうゆう意味だ!?」

 「深い意味なんてないわ。言葉のままの意味よ」

 こちとら死を覚悟して人間界に来たというのに、この女――……。

 まるで害虫駆除のような物言い。沸々と怒りが込み上げてくる。

 感情に身を委ねて近くにあった地球儀でこの女の後頭部をフルスイングしてやろうかとも思ったが、流石にそれをすると殺されそうだから実行は脳内だけにしておいた。だから感謝しろ。


 「私ね、強過ぎて誰からも相手にされないの」


 突然何を言い出すかと思えば自慢話かよ。

 それなら俺は弱過ぎて魔界では誰からも相手にされてませんでした。

 だから足して二で割るとちょうどいいぐらいですね。

 ――って、やかましいわ!

 「力はあって困るものじゃないだろう?」

 「持ちすぎるとそうとも言えないわ。魔力を使って測ってみれば?」

 この女が強いという事に疑問の余地はないが、その言葉は自意識過剰だろう。

 まあ、わざわざ測ってみろと言ってくれてるんだ。お言葉に甘えさせてもらうとしよう。


 「なんだ……お前。なぜ何も見えない……」


 とてもじゃないが現実とは思えない。なにか悪い夢を見ているようだ。

 普通ならばある程度の力の格というものが分かるものだが、この女の場合はまるで底が見えない。こんな事は今までに一度もなかったが、上位魔族の中でもさらにトップクラスに位置するような奴は魔力の桁が違い過ぎて測定不能だと聞いたことがあるが……もしや……。


 「……魔王ハーデスって知ってる?」


 いきなり振られたその話題。もちろん知らぬはずがない。

 「数千年前にラファエルって熾天使に敗れた魔王のことだろ?」

 「ちゃんと知ってるんだ。私のことも」

 「は……?」

 「私がハーデスを破ったラファエルだって言ったらどうする?」

 「まさか……ちょっと待て。いや、待って下さい……」

 驚きのあまり心臓ではなく敬語が飛び出た。

 たしかに測定不能の時点で「もしかしたら……」という可能性はあった。

 でも、流石にラスボス級は卑怯でしょう。どう考えてもおかしい。

 「仮にお前が本物のラファエルなら天界首都にいるはずだ」

 「そんなの私の勝手でしょ」

 「勝手ってお前……」

 「それよりもさっきの話の続きなんだけど――……」

 「いい加減にしろよ。なんで俺が敵と戯れんといかんのだ」

 俺は暇じゃないんだよ。おままごとなら公園の砂場でやってろ。


 (冗談キツすぎだろ……)


 こんなにも容易く俺の任務が達成されたことには正直拍子抜けだったが、熾天使級の天族が日本にいるなんて報告したところで嘘つき呼ばわりされるに決まってる。

 もし仮に信じてくれたとしても討伐できる魔族なんて絶対数限られている。加えて交戦した際の損失リスクを考えれば、魔界軍が動くとは到底思えない。

 そうゆうわけで見なかったことにしよう。これは合理的判断だ。

 俺にとっては任務よりも大家さんの方が大切だし、可能な限り報告は先延ばしにする。場合によっては有給を消化することも辞さない。今の俺にはその権利がある。

 「それならバラしちゃおうかな。他の天族に」

 「だったらお前が直接手を下した方が早いだろう。人間界に来た時点で死ぬ覚悟はできてる。やるなら一思いにやってくれ」

 威勢よく虚勢を張ったものの、まだ死にたくねえ。

 こんな事なら玉砕覚悟で大家さんに想いを伝えるべきだった。

 「体が震えてる。怖いの?」

 「うるせえ。ビビッて何が悪い!」

 俺の足腰は生まれたての小鹿のようにガクガクと震えていた。

 自分でも情けないとは思うが、止めようとして止めれるものでもない。

 そんな俺の情けない姿をラファエルは興味深そうにまじまじと見ていた。


 「……死ぬのは怖いのに、私の事は怖くないの?」


 「お前の事?」

 「うん。天族も魔族もみんな私を畏怖するのに」

 「そりゃ、相手と自分の実力を正確に測れる奴ほど避けたくもなるだろ。迂闊に近付くのは馬鹿か命知らずぐらいじゃねぇーの?」

 「アハハ、たしかにそうかもね」

 笑わせるつもりはなかったが、ラファエルは明らかに俺の言葉で笑った。

 なんか笑うとそこそこ可愛い……。

 ――ってこいつは敵じゃねぇーかッ! 阿呆なのか俺は!

 不覚にも天族でなければ異性として少し意識してしまうところだった。

 危ねえ危ねえ……。これは罠だ。

 「なぜ、笑う?」

 「だって、あなたがおかしなこと言うから」

 「思った事しか言ってねぇーよ」

 「私の影響を全く受けないところといい、久々に楽しめそう」

 ラファエルのその言葉が何を意味しているのかは皆目見当がつかない。

 ただ、なんとなくだ。とくに何かを意識したってわけでもない。

 ラファエルが近付いてくる気がしたから俺は咄嗟に身構えた。

 勝てないと分かっていても、意地ぐらいはある。

 だが、そんな俺を嘲るように奴は容易く俺の視界からその姿を消した。

 「なっ!? どこへ……」

 格の違いからか気配で奴の居場所を探るのは至難――。

 すぐさま壁を背にした俺は死角をできるだけ減らす努力をしたが、どうやらそれは徒労だったらしい。


 「んっ……」


 瞬き一つ許されない刹那。それは完全に俺の意思を無視していた。

 アドレナリンが勢いよく噴出して体内を駆け巡る中で、俺は目に映る光景を茫然としながら受け入れることしかできなかった。

 「なにを……!?」

 妄想が現実にはならないように、その逆も然り――。

 俺の唇に触れたマシュマロのような柔らかい感覚。

 それはあまりにも唐突だった。

 普段は妄想でしか許されないような出来事が現実で起これば誰だって呆けるしかないだろう。少なくても俺はそうだ。

 もしこれが性質(タチ)の悪い冗談なら、俺はもう何も信じない。

 「もしかして初めてだった?」

 「いや、そうゆう問題じゃねぇーだろ!」

 「いきなりキスされるなんて思わなかった?」

 そんなの聞かれるまでもなく当たり前だ。ご丁寧に俺の首に手まで回しやがって……。

 俺の初めてはもっとロマンチックでエレガントなシチュエーションの中、ムードを楽しみながら絶好のタイミングで俺からと考えていたのに……。

 それなのにこの女……無許可で俺のファーストキスを……。

 こんな不条理が許されていいはずがない。

 もしも逆の立場なら殺されてもおかしくないほどの事案。

 ラファエル、許すまじ。

 「……で、俺に何をした?」

 「ん?」

 首を傾げて知らん顔。まったくもって白々しい奴だ。

 やっぱり地球儀で一回ぐらいブン殴っといたほうがよかったか。

 まあ、やったら殺されそうだからやらないけど……。

 「俺に何か細工しただろ?」

 「んーっとね。私の“加護”をつけといた」

 「お前の加護? 何だそれは……?」

 「さあ……? いずれ役に立つかもね」

 「それじゃ答えになってないだろうが!」

 「じゃあ秘密ってことで」

 なんという性格の悪さ。体内に時限爆弾を仕込まれた気分だ。

 いずれわかるのならとっとと教えてくれればいいものをなぜ勿体ぶるのか。

 とてつもなく嫌な女だ。できれば二度と関わりたくない。

 「じゃ、またね」

 「あッ! こら待て!」

 加護とやらを解除することなくラファエルは俺の前から姿を消した。

 なんたる理不尽。こんなことが許されていいはずがない。


 「また……って事は今はまだ死ななくていいってことか……」


 途端に腹の底から出る溜息。助かったことへの安堵。

 それでも気分的には半死半生に変わりなかった。

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