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やめてください死んでしまいます

 「ハァ……ハァ……遅れてすいません!」

 駆け込むようにしてなんとか教室に到着。

 学生生活初日から遅刻とはツイてないが、その原因はわかっている。

 ちょっとばかり“空想”を膨らませ過ぎて学校を通り過ぎてしまったのだ。

 そうゆうわけで俺を注目するのはやめていただきたい。

 豆腐メンタルには厳しい視線だ。


 「おい」


 膠着する俺の背後から不意に掛けられたドスの利いた女の声。

 当然ながら俺は反射的に振り返った。

 「なぜ職員室にこない? 手続きがあるから来るように伝えたはずだぞ」

 ……なんだと? 俺はそんな事一切聞いてないぞ。

 これは明らかに情報局の怠慢。どう考えても俺は悪くない。

 高給取りなんだからキッチリ仕事はやるべき。

 魔界に帰ったら投書してやるからな。

 「いやあ、すいません。朝からバタバタしてて忘れてました」

 「しっかりしろ。代わりに放課後職員室にきてもらうからな」

 「はい……」

 その見た目は三十前半ぐらいだろうか。 

 ポニーテールでまとめた髪に化粧っけのない整った顔立ち。胸はそこそこ。

 その見た目こそ悪くはなかったが、それらすべてをブチ壊すがごとく男に一切媚びる様子のない紺色ジャージにサンダル姿の体育教師兼担任と思われる人物は初対面の俺を早くも威圧してきた。

 「何してる。さっさと教室に入れ」

 「あっ、はい。すいません……」

 特に目が怖い。元不良かそれに類する何かだったに違いない。

 元いじめられっ子としては本能的に関わりを拒絶したくなる何かを感じる。

 おそらく、この(ひと)……独身だ。

 「まずは適当に自己紹介してくれ」

 「はあ……わかりました」

 適当ってなんだよ。そうゆうのが一番困るんだよ。

 ――と、内心不満に思うも、俺は顔から作り笑顔が消えないように意識した。

 まるで時間が制止したように静まり返る教室。

 担任が着席して偉そうに腕と足を組んだ事を確認した俺は静かに息を吸った。

 「初めまして、二条祥馬といいます。趣味は料理。親の仕事の関係でこちらに引っ越してきました。よろしくお願いします」

 我ながら悪くない自己紹介。点数的には当たり障りのない七十点ぐらい。

 男で料理が趣味だというやつは少数ゆえに印象に残りやすい。おそらく誰かがその事で突っ込んでくる可能性があるが、残念ながら料理が趣味というのは真っ赤な嘘だ。

 俺が今最も恐れているのは前にいたとされる学校の事を根掘り葉掘り聞かれて、万が一にでもボロが出るということであり、それに備えての危険回避(リスクヘッジ)が料理というチョイス。

 「料理~!?」

 さっそく俺の思惑を知らない馬鹿が食いついてきた。 

 大家さんを除く人間なんて高が知れている。今そのことに確信が持てた。

 「親が共働きなんでその関係でよく自分で作ります」

 息を吐くように口から出る嘘。我ながら嫌になるね。

 たまたま記憶を読み取った男の前職が料理人だったというだけで、俺自身は料理のレパートリーなんて知らぬ存じぬってぐらい知識がない。

 「へ~、なんでも作れるの?」

 「期待されるほどのものは作れないですよ」

 「はいはい! 料理研究会とかって興味ある?」

 どれだけ興味あるんだよ……面倒臭い。

 でも、よかった。

 この中に天族は見た感じいそうにない。

 ここは人間の文化を知る上で、いい拠点になりそうだ。

 そう思って生徒の面を見渡して感じた僅かな違和感――……。

 最初は単なる勘違いだとも思った。


 (むっ、あの女……)


 最左列の後ろから三番目の席の銀髪女。どう見ても校則違反だ。

 ……じゃなかった。

 どうゆうわけか他の人間とは少し違った気配がする。

 (ここは魔力を使って調べるか……?)

 ダメだ危険過ぎる。下手なことをすれば消されるのはこちらの方だ。

 疑心暗鬼になりながらも俺はありとあらゆる可能性を考えたが、その中で確信を持てるものは何一つとしてなかった。

 (くッ……)

 尻尾が掴めない以上はどうする事もできない。

 俺が諦めようとした矢先だった。


 「――――ッ!?」


 体感的にはコンロにボッと火が付くような感覚。

 ただしそれは火などではなく、天力と呼ばれる魔力とは対に位置する非物理的なエネルギーであり、早い話が我々魔族の敵対種族である天族が扱う忌むべき力だった。

 (……おいおい、マジかよ)

 俺の目は節穴だった。天族……いるじゃねぇーか。

 それもかなりヤバそうなのが……。

 (う……) 

 肌を突き刺すような悪寒。

 わざわざ魔力を使って測らずとも感じる強大な力。

 それは天災と同じぐらい、どうする事もできないものだった。

 「料理の話題はそのぐらいにしておけ。二条の席は右端の後ろから二番目な」

 「わかりました」

 不幸中の幸い。なんとか銀髪女と離れた席だ!

 決して視線を合わせまいと指定された席へと移動した俺だったが、銀髪女はあろうことか天力で俺を威圧してきた。

 攻撃されてるわけでもないのに激流に叩きつけられるような感覚――。

 やめてください死んでしまいます。

 それは一匹の蟻を水攻めにするぐらいの非人道的な蛮行だった。

 「よし、さっそく授業を始める」

 「あれ? 転校生の歓迎会は?」

 「ウチのクラスは授業遅れてるんだよ。次何かしゃべったら殺すかんな」

 「はいッ! すいませんでした!」

 なんだか知らんが、担任の教師が鬼教官を彷彿とさせるぐらい超怖い。

 昨今の学校事情は教師が生徒に萎縮してるって情報は嘘だったのか?

 (げっ……)

 そして妙な視線を感じると思ったら銀髪女が横目でこっちを見ていた。

 こっち見んな前を見ろ。忌まわしき天族め。

 「なあなあなあなあ」

 今度は後ろからなんだ? こっちは今それどころじゃ……。

 「俺は榊原(さかきばら)ってんだよろしくな」

 なんか髪が尖ったヤンキー風の男。その見た目通りなら頭が悪そうだ。

 制服を着崩した感じといい、教師からの評判は芳しくないと見える。

 「あっ、ども……」

 周りからの視線を遮るように立てられた教科書。

 どこからどう見ても何かを隠してるようにしか見えない。

 「ん? お前も読むか? けっこう面白いぜ」

 この男……漫画本を忍ばせてやがる。

 まさか授業中に読むなんてことはしないよな?

 頼むから俺を巻き添えに注目を浴びるような自爆テロはやめて頂きたい。

 「榊原ぁ! 次、何かしゃべったらわかってるよな!?」

 「はい……」

 もう嫌だ。一秒でも早く帰りたい。

 時折後ろから聞こえてくる噛み殺した笑い声に加え、銀髪女からの執拗な天力を使った煽り。そして担任教師のチョークを砕きながらの板書。

 これが俗にいうストレス社会というやつか……。

 おそろしい片鱗を見たぜ……。

 俺の精神力は登校初日にして大きく削り取られた。

 (なんて過酷な環境なんだ……)

 今の俺には癒しが必要。大家さんに早く会いたい。

 とにかく妄想の世界に浸ろう。でないとやってられん。

 設定は大家さんと二人暮らしなんてどうだろう。

 目を覚ましたら、「おはようダーリン」とか言われて頬にキスされたりしてさ。

 くう――――ッ、たまらん!

 「おい、新入り。許可なく席を立つな。殺すぞ」

 「すんません……」

 うわあああああああああッ。やっちまった。

 妄想を飛躍させて奇行に走ってしまうとは……。

 チラチラと俺を見る銀髪女よ。

 ブリザードのような視線を送ってくるぐらいなら一層のこと楽にしてくれ。 

 今はなんだかとっても死にたい気分なんだ……。

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