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再開【完結】

 「あー……死にてえ」

 失恋という絶望に支配される中で口を突いて出たその言葉。

 これほど虚しいものは他にないだろう。 

 次に大家さんに会ったら俺はどうゆう顔をしたらいい……?

 それを考えると“告白は失敗だった”という結論に至るまでに時間は掛からなかったが、それでも自分の気持ちを伝えたという部分だけは浅ましくも否定したくなかった。


 「んっ、誰だ……?」


 不意に聞こえてきた耳障りなドアノック。

 まさか大家さんが……?

 今すぐこの場から消えたいと思いつつも観念するように扉の前で小さく息を吐いた俺は緊張で手を震わせながらも勇気を振り絞ってドアノブを回した。


 「な……んで……」


 そんな俺の視界に入ってきた光景――。

 頭の中が真っ白になった。

 夢と現実の区別がつかないほどの衝撃を前に俺はただただ呆けることしかできなかった。


 「初めまして、今日から隣に越してきました安藤マリと申します。以後お見知りおきを」


 その見た目からの年齢は俺より一つ上ぐらいだろうか。

 宝石のような青い目に褐色肌――。

 加えて光沢を放つぐらい手入れが行き届いた腰まで掛かる綺麗な銀髪。

 それは俺がよく知る人物で間違いなかった。

 「なんで……」

 「えへへ、来ちゃいました」

 「バカヤロウ……」

 「私より先に泣かないでくださいよ。ズルいです」

 そう言われてからようやく気づいた。

 俺は泣いているのだと。

 それを意識したことでボロボロと大粒の涙が溢れ、俺は無様にも人目も憚らずに大泣きしてしまった。


 「お前も……その、人間界の任務を受けたのか……?」


 他にもっと言葉はあっただろう。

 素直じゃない俺はこの期に及んでナンセンスなことを言った。


 「……バカ」


 はい。馬鹿です。

 空気が読めない振りをした空気の読めなさ。もはや自分でも呆れる。 

 「もういいです……」

 呆れられて当然。いっそのこと嫌われた方がしっくりくる。

 そう思って俺が油断した時だった。


 「んっ……!?」


 それは今までにないぐらい積極的なアプローチ。

 目を見開いた俺は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をイメージした。

 「マリ……」

 まさか抱擁されるとは……。

 女にそこまでさせたという事実に心が痛む。

 「あなたは……ひどい人です」

 返す言葉もない。ただただ自分の不甲斐なさに呆れる。

 「すまん……」

 それは何に対してだ?

 逃げてばかりの自分が嫌で嫌で仕方がない。

 「……一つ聞いてもいいですか?」

 「答えないかもしれないぞ」

 「だとしても言わせて下さい」

 今更だがマリはいい女だ。

 つい観念して受け入れたくもなるが、そんな俺の心を引き止めるのは一人の女性の存在。

 もしもその人がいなければ、結果は違っていただろう。

 そう思うだけに今のこの状況が心苦しい。


 「大家さんにフラれましたね……?」


 あまりにも直球で心を抉るようなその一言。

 おかげで心臓を吐き出すかと思った。

 「ど、どうしてわかった?」

 俺が分かり易いのか。マリの勘が鋭いのか。

 あるいはその両方なのか。

 せめてそのぐらいは知りたいとは思う。

 「顔に書いてますよ。なんなら今思ってる事も当てて見せましょうか?」

 「勘弁してくれ……」

 「……それでも振り向かせて見せますよ。いつの日か必ず」

 恥ずかしそうに俯き、俺の心臓に人差し指を押し当ててハートのマークを描いたマリは顔を上げて優しく微笑んだ。

 どうやら俺はロックオンされたということらしい。

 “追われる者”と“追う者”――。

 それは草食動物と肉食動物の関係を彷彿とさせるものだ。


 「挨拶は済みましたか?」

 

 聞き覚えのある声。

 しかし、今の俺にとっては聞きたくない声でもあった。

 「もう……せっかくいいところだったのに……」

 ――大家さんの登場。

 それは俺とマリの間に流れる空気をガラリと一変させ、俺にしか聞こえないぐらいの声でそう言ったマリは引き際を弁えるとばかりに俺から離れた。

 「大家さん……」

 「マリさんの入居祝いにケーキ買ってきたので三人で食べませんか?」

 ニコッと笑う大家さん。

 それはまるで俺との間に何事もなかったと言わんばかりだった。

 「…………ッ」

 一人の男として告白したというのに気にも留められないとなると、流石にこのままでは終われない。

 「俺もまだまだこれからか……」

 「えっ?」

 「いえいえ、なんでもありません。それよりケーキ食べましょうぁ」

 たった一度の失恋で気を病むのはもうやめだ。

 なんか馬鹿らしくなってきた。

 前回は失敗に終わったが次がないわけじゃない。次はその結果を変えられるだけの努力を俺は惜しまない。

 なぜなら俺も“追う側”なのだから――……。


 

                                終わり

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