人事を尽くして天命を待つ
マリが魔界に帰ってから一週間ほどの月日が流れたが、俺の寝床は以前として押入れのままだ。
なにも女々しく引きずっているというわけではない。
その証拠に心の損失感は薄れてきてるし、精神的にはだいぶ楽になった。
ただ、マリが遺品のように残していった化粧道具や衣類の数々、加えて彼女の匂いが微かに残った布団を見ていると少し気が重くなるというだけ。
ラファエルはそんな俺を心配してか、以前にも増して積極的に話し掛けてくれるし、魔界の常識では知り得ないであろうことをいろいろと教えてくれた。
単に勉強などから得る知識のみに言及するのならば、俺はかなりの物知りだと自負していたが、ラファエルはそんな俺を遥かに凌駕する知識を有しており、自分がいかに思い上がっていたのかを知るのには充分過ぎる相手だった。
そういった経緯から俺とラファエルの距離は親友と言っても差し支えないぐらい近くなったわけだが、それに勝るナンバーワンのビッグニュースと言えば、以前にも増して大家さんと親しくなったという事だ。
その事で良いニュースと悪いニュース……二つのニュースがあった。
良いニュースの方は、大家さんも俺と同じ超越者だったということだ。
能力は無力の中でも使用者が多いとされる反能力らしいが、その範囲は大家さん本人だけでなく大和荘敷地全体で、大家さんがその気ならあのラファエルでさえも容易には突破できないほどの絶対防衛圏だとラファエル本人が言っていた。
その能力から大家さんは大和荘の敷地に足を踏み入れた者のすべてを感知することができるとかで、大家さんいわく俺とマリが初めて大和壮に足を踏み入れた時から「もしや……」と警戒していたらしい。
その件で俺が魔族であることを白状したら口に手を当てて驚いていたが、どうやら天族と魔族という存在は以前から知ってたらしく、かつて危険な目にあったこともあるとかで俺は魔族を代表してその場で土下座した。
……んでもって、悪いニュース。
これは今思い出しても奇声を発したくなるぐらい精神的にキツい。
なんと大家さんは二十四歳という若さにして未亡人とのこと。
こんないい女を放っておくとは「日本男児の目は節穴か?」と思った時期がありましたが、実際はそうでもなかったようでそれに安心した反面――胸に杭を打たれたぐらいの深い絶望を受けた。
それでも今はフリーっぽいので、それとなく聞いてみたらやっぱりフリーっぽい感じがしたので、フリーだと確信している。
――でないと、俺にあんな事をいう訳がないだろう。
仮に逆の立場なら好意なく絶対に言うはずがないからまず間違いない。
それは昨日の学校帰りの出来事だった。
『よかったら、明日のお祭り……私と一緒に観に行きませんか?』
ひょーッ! 思い出すだけでもテンション上がってきた。
今でも鮮明に覚えている。大家さんからお誘い頂けるなんて身に余る光栄だ。
しかもあろうことか、わざわざ部屋まで迎えにきてくれるというので、俺はドアノブを入念に消毒し、玄関及び下駄箱を徹底的に磨き上げた。
万が一にも部屋に上がってもらった場合の事も想定して、すべてにおいて抜かりなく万全の布陣を整え、脳内シミュレートではありとあらゆる敗北条件を徹底的に取り除く。
人事を尽くして天命を待つ――……。
俺は盤石の布陣を敷いてただただ時計を見つめていた。