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目が醒めると私は浅瀬に打ち上げられていた。
ほんのり冷たく火照った体が冷まされていく。
空は真っ暗で、満天の星空が広がっていた。
天の川と言うのは、このようなものなのかなと思いながら体を起こす。
その瞬間、この器の記憶が物凄い勢いで流れ込んでくる。
目眩と吐き気を感じて口元を押さえる。
「嘘……この人……自殺って言ってたのに……」
器の記憶が全てを映し出す。
何故この者が死んでしまったのか、何故この体に戻らず転生を選んだのかが分かった。
「最後に、自身で飛びたかったのですね。結晶を使って無理矢理体に負担をかけて……」
涙が溢れ出してくる。
自分では止められない。
どうしてよいかわからないのだ。
その時だった。
真っ白な羽の生えたバイクが、空からこちらを目掛けて猛スピードで向かってくるのだ。
メタリックボディで夜空の星の光を綺麗に反射している。
幻想的な光の粒子を空中に吐き出し夜空に軌跡を残すのだ。
「アオイ!!!」
大きな声を張り上げ、物凄く怒った顔で、浜辺に着陸しこちらに走ってくる少女がいるのだ。
茶髪で、肩まで伸びる髪はほんのりウェーブしている。
赤と黒のぴっちりとしたライダースーツのような服装なのだ。
私はその子にいきなり抱きつかれ、呆気にとられてしまった。
「心配したんだから……。アオイ、あんたは空挺魔航機に乗れる体じゃないのよ! 分かってるの!! 一歩間違えたら死んじゃうんだからね!!!」
力一杯抱きしめながら、涙声でそう言うのだ。
この子は、琴ノ木カルア。
私こと、器の雪宮アオイの幼馴染みだ。
記憶がそれを教えてくれる。
「ごめんなさい……私……ぐすん」
「泣くなよ。でも、本当に無事でよかったよぉ〜。うわ〜ん」
二人は抱き合ってわんわん泣くのだ。
大粒の涙がぽろぽろと溢れてくる。
私は、アオイちゃんの記憶に触れ申し訳ない気持ちでいっぱいになるのだった。
暫くして、ようやく落ち着いた。
「ぽぽちゃん1号ぐちゃぐちゃになっちゃったね……」
「私を守ってくれたんだと思います。修理してあげたいのですが……」
「そうだよね。寧ろ、無傷でアオイがいる事自体奇跡なんだからね。安全パックが作動しても高い確率で怪我するんだから!」
カルアはそう言って溜息を吐く。
記憶が正しければ、約500kmのスピードで空中でレースを繰り広げる。
私の記憶でも同じような競技がある。
エアレースだ。
あれはプロペラ機を使ってタイムを競うモータースポーツだ。
小さい時に、お父さんが映像を撮ってきて見せてくれたのを思い出す。
だから、そんなスピードで事故を起こせば体が木っ端微塵になってもおかしくない。
アオイちゃんも最速スピードで、この空を縦横無尽に飛んでいた記憶が残っている。
苦しい体に鞭を打ち、自身の夢を叶える為にこの空挺魔航機を操縦していたのだ。
アオイちゃんの最後の記憶は、タイムアタックという競技だ。
規定のコースの障害物を潜ってタイムを競い合う。
アオイちゃんはその世界大会で、最速記録を叩き出した風谷カエデ選手と同じコースを走っていた。
今までの自分の全てを注ぎ込んだ空挺魔航機を操り、人生一度切りの命をかけたレースをしたのだ。
手に汗握る感覚の中、体が悲鳴をあげるがそれすらも機体コントロールの癖として組み込んでいたのだ。
弱っていく体でも操縦できるように、時間が経過するとともに中に組み込まれているOSが書き換えられ、それに適応するようになっているのだ。
最高潮の気分を味わい噛み締めて、ラストダンスと言わんばかりに命を燃やした。
結果は、アオイちゃんが0.1秒上回った。
世界最速と言われた風谷カエデの記録を更新したのだ。
片手を上げ、ガッツポーズをし涙を流しているところまでがアオイちゃんの記憶の最後だった。
しかし、悔いが無いと言うのは嘘だろうと思う。
記憶がそれを否定しているのだ。
勝手に見て申し訳ないと思いながら、私はアオイちゃんの記憶に潜っていってしまう。
もっと知りたい。
アオイちゃんの事をもっと。
そんなことを考えていたら、カルアが話しかけてくる。
「あ、アオイやっぱり何処か打ったんじゃない? 今すぐ病院行こ!」
「だ、大丈夫ですよ。ちょっと考え事してただけですから」
「口調もおかしいもん! 頭打ったんだね。今すぐ私の空挺魔航機に乗って! 全速力で向かうから!」
「お、落ち着いてくださいカルアちゃん」
カルアは、私の両肩を持ち目が血走っている。
なんでしょう……ちょっと怖いです。
「本当に大丈夫ですから。ね」
こっちを怪しむように見つめてくる。
なんとも言えないこの空気に、私は堪らず降参するのである。
心配をかけたくないと思ってたら、余計に心配をかけてしまった。
次から気をつけようと思う。
私はカルアの空挺魔航機の後ろの席に乗って、後ろから抱きつく形で病院へと運ばれるのであった。