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野戦病棟

今話はややグロテスクな表現を含みます。

「まて、マテッ……マテッ!!」


声高に叫ぶが今度は狼たちが足を止める様子はない。


「クソッ、聞く耳持たずか……」


悪態をつきながら狼たちを追いかける。

狼たちの速度に追いつけるはずもなく距離は離されてしまう。

雪崩れ込むように村へと突入していく狼たち。

直ぐに悲鳴と怒号が飛び交い始める。

村中から集めてきたであろう拙い装備で狼たちに対抗する村人たち。

しかし、完全には食い止めきれず、何匹かの狼は村の奥へと入り込んでいく。


脳裏に、マリアやシロアムの姿が浮かぶ。

短い間とはいえ、身寄りのない俺に親切にも住む場所まで与えてくれたマリア、

自分の事を慕ってくれる幼い少女シロアム。

彼女たちの身が危険に曝されるかもしれない!

そう考えた俺はこの場を村人たちに任せて村の奥へ向かっていった狼たちを追う。


どうか、無事でいてくれっ……


何も考えずに狼たちを追ってきた俺だったが、冷静に考えてみれば、シロアムやマリアがどこにいるのかすら

分かってはいなかった。

どこに行けば良いかすらもわからない状況に頭を抱えたくなったその時。

背筋を蛆虫が這いまわるかのような感覚と共に、何時ぞや見た黒いシミのようなものが少し先に見えた。

黒いシミは急激な速度で広がっていく。

あのとき見たシミがシロアムの病気を表していたのだとしたら、今度のシミはっ―――

不吉な考えが頭をよぎる。

急いで黒いシミのもとへ駆けて行く。


○○○



果たして、そこにいたのはシロアムでもマリアでもなかった。

名前も憶えてはいないが、何度か見たことのある村人の女性だった。

吐き気を催す黒いシミの中心にいたその女性の喉は無残にも噛み千切られていた。

女性が息をしようとするたびに、喉からヒューヒューと音が漏れ、同時に溜まった血液がたてる濁った混濁音が聞こえてきた。

涙と血に濡れた顔には恐怖に彩られた光のない瞳。

口を弱弱しく開閉しながら、こちらへ這ってくる。

その光景に、こみ上げるものを必死に堪える。

吐いている場合じゃないっ。

常識で考えれば、およそ助かりそうにない怪我を負った彼女。

しかし、俺にはそれを救いうる力がある。

シロアムの時と同じように、その女性に重なる、「裏」を視る。


―――あるべきモノをあるべき場所へ。

致命的な誤りを生じさせているそのズレタ歯車を、元の場所へと、戻す。

……カチッ、と何かがはまる音がした。


目の前には、喰いちぎられた跡などどこにもない一人の女性が静かに眠っていた。

これで……大丈夫か?

眠る女性をそのままにしておくのもまずいかもしれないが、今はそれどころではない。

最低限目につかなそうな場所を探し、住居の角へと女性を寝かせた。


やるべきことの目途はついた。

俺には力がある。

村中に発生する黒いシミを探しては、一つづつ潰していけば良いんだ。

初めから、焦る必要などなかったのだ。

この力がある限り、俺は人を死なせない。

狼たちなど、恐れる必要はないっ!


方針を決めた俺は、町中を駆けずり回りけが人を治療してまわった。

ひどく凄惨な光景を目にすることも少なくなかったが、

何人も治療するうちに慣れてきたのか吐き気がこみ上げることもなくなった。

だから、


これなら、一人も死者を出さずにしのぎ切ることができるんじゃ……


そう思ってしまったのも致し方のないことだったのだろう。


どんなに理不尽な力を手に入れたとしても、

現実は、相も変わらず現実であるということを俺は思い知ったのだった。

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