ヒトを超えしヒト
こんなサブタイトルつけたらニーチェに怒られる。
「本題……?」
そう聞き返した俺に狼は答える。
「そうとも偉大なる人間。そもそも我々がここにいるのは何故か、という話だ。」
狼がその鋭い視線で見つめる先にはラスエイルの集落があった。
「人を、襲うのか?」
躊躇いがちに尋ねる。
「そうとも。その為にここへ来たのだからのう。
そもそも我々はその為にのみ生きている訳でもある故、
こればかりは譲れんのう。
まあ、お主のような存在がいるのは予想外だった訳じゃが。」
やや不服な顔で、しかしこちらを試すような視線を向けてくる。
「その為だけに生きている、っていうのはどういう意味だ?」
「そのままの意味かのう。我々は生まれた時より、自分が何をすべきかを、 すなわち人を襲うことを心得ておる。」
「人を襲うのは食糧確保のためじゃないのか?」
「否。我々はそもそも大気に満ち溢れる力によって生きながらえる存在であ る。故に、他の生物を食らわずとも生きていける、
というのが正しいところかのう。」
「つまり、食糧確保のためではなく、本能的に、人間を襲っている、と?」
「そうとも、偉大なる人間。付け加えるならば、本能的というよりは 使命的にといったほうが正しいやもしれぬ。
そもそも我々は、人間以外の生き物は一切襲っておらなんだ。」
「それだ、お前はたびたび、偉大なる人間という呼称を使うが、それ は人間に対して敬意を抱いている、ということか?
それならば何故、人を襲おうなんて使命感に駆られるんだ?」
「おお、偉大なる人間。主は勘違いしておられる。儂は人間すべてを 偉大とたたえている訳ではないのだ。
儂が偉大なる人間と呼称しているのは今私の目の前にいる主の事じ ゃ。それに、先刻説明した通り、
人間を襲うのは我らの生まれてきた意味であり存在理由。余程の事がなけ れば覆すことはならんのだ。」
「俺が、偉大なる人間?そんな大層な呼び方をされるほど立派な人間じゃな いと思うんだけど……」
「なんと……自覚がないのか。―――ならばこれ以上話すこともあるまい。
話を戻すことにしようかの。我々の要求はただ一つ。我々に使命を果たさ せることじゃ。
その許可を主に貰いたいのだ。」
「それはこの村の人間を殺す許可を俺に求めているということか?」
「そうとも、偉大なる人間」
「何故だ?どうして人間を殺す許可を人間に求める?問答無用で襲えば良い ではないか。」
「本に、自覚がないようじゃのう。
我々では、逆立ちしてもお主には勝てん。逃げることすら難しいだろう。
お主は、自らを人間と呼称したが、それは誤りじゃ。主は既にそう呼ぶべ きではない何者かになっておる。」
「人ではない……?」
「お主の正体は儂にもわからん。しかし、そんなことは最早どうでも良い。
「……言質はとったぞ偉大なる人間。」
そう言って狼は口の端を大きく歪めた。
「何を―――」
―――何故だ?どうして人間を殺す許可を人間に求める?問答無用で襲えばよいではないか。
「まさかっ―――」
言葉が最後まで紡がれることはなかった。
耳を劈く様な狼の咆哮があたりに響いたからだ。
大気を揺らす嵐のような暴風が吹き荒れる。
狼たちはラスエイルに向け、再び侵攻を始めたのだった。