反乱
反乱
これは、カスティアが玉座を簒奪する少し前の出来事。
皇帝軍百万を撃退。
ルディーナヴァル大公カスティアが、六十万の軍を率いて反乱を起こした。
周辺の数十に及ぶ恒星系を陥落させる必要などなかった。
それを納めるすべての貴族は、もはや彼女の手中にある者たちだった。
彼らは反乱を起こした大公に対して、刃を向けるのではなく、逆に刃を差し出して、共に反乱の同胞となってしまった。
続く皇帝軍との戦闘は、数で勝る皇帝軍優位に思えるかもしれない。
だが、軍の有力な指揮官は彼女の側にすでにあり、おまけに百万と号する軍勢は、ただの烏合の衆でしかなかった。
わずかに五百の被害を出すこともなく、やすやすとカスティア率いる反乱軍は、皇帝軍を撃破してしまった。
そして、首都星での攻防戦は苛烈だったが、短い時間で終わってしまった。
その後に行われたのが、新たな皇帝の座についた、カスティアの即位式だった。
「つね、ダグつまらないものね」
即位式後、カスティアは冠をまるでおもちゃのように指で転がしながら言った。
彼女の繊手はまるで絹のような滑らかさ。しかし、その手は血にまみれた王者の手であるが……
「ザコを相手にすれば、しょせんこんなものね」
「はい、陛下」
「もうっ、同意しないでよ」
新たな皇帝は顔を膨らませて、文句を言う。その表情は、艶やかな美貌の彼女からは、考えられないくらいに幼く、子供っぽい。
そんな彼女のその傍に、紫色の髪と目をした男が控えている。
ダグラス。カスティアにもっとも近い側近であり、2人が常ならぬ関係にあると人々が噂してやまぬ人物だ。
「ねぇ、ファルガー。
せっかくだから、お小言を言ってよ」
第一の側近の言葉がつまらないものだから、彼女は続けて青い髪の人物の名を呼ぶ。
ユウ・ファルガー。
ダグラスと共に、カステイアの側近たる人物だ。
カスティアはいかにおいて、軍を率いるに置いて、もっとも優秀な人物である。奇をてらう傾向はなく、軍の数と規模に応じて確実に相手を撃破していく、堅実な軍の指揮官。
カスティアは彼の才能を、『百万の艦隊を与えても、ファルガーならうまく扱えるでしょう』と、評価している。
もっとも、百万の艦隊ともなれば、このカスティアならば帝国全軍の五分の一近くの戦力を、1人の男の手に委ねることになるが。
「ザコと言われれば、言われた側は心外でしょうね、陛下」
「そうでしょうね。
でも真実だから仕方がない」
「とはいえ、我々が勝ったからいいものの、負けていてもそのようなことを言えましたか?」
「あら、心にもないことを言わないでよ」
カスティアは鋭い視線をファルガーに飛ばした。
皇帝軍との戦いは、戦う前にすでに勝負がついていた。数での差はあったが、それ以前の戦略と、軍の質で徹底的な差があったのだ。
万に一つも負けることのない戦い。
ファルガーは、このようなこんなことをいちいち説明する必要がない人物である。
「不興を買いましたか?」
「別にー」
鋭い視線は飛ばしたが、カスティアは結局それ以上追及はしなかった。
「そう。別にいいのよ。
でも、一年後ぐらいにも、同じことを言わないでね」
「努力いたします」
ファルガーはそのように答えたが、カスティアは彼の言葉を信じなかった。
それから一年とたたずに、元皇帝のアラハバートが、新皇帝カスティアに反逆した。
いや、そもそも反乱によって皇帝を位から追い出し、三だっしたのはカスティアである。
だから、反逆という言葉を元皇帝に用いるのもおかしいかもしれない。
ただ、いずれにしても状況の説明は必要だろう。
帝位を簒奪したカステイアであったが、その後彼女は敗者である元皇帝を殺害するようなことはなく、高位の貴族としての扱いを与えた。
幽閉はしたものの、それでもその眼をかいくぐってカスティアに反対する者たちが、元皇帝の元に密かに集まっていた。
秘かにというが、カスティアは、それを知っていた。
知っていたが、放置したのである。
その後反カステイア派は、元皇帝を連れて宇宙空間へと逃げ去り、彼らの本拠地とした惑星で、軍を上げた。
「名は、カスティナラバ帝国正当政府。軍の名は、カスティナラバ帝国正規軍とのことです」
「クスクス、面白いわね。
芸がなくて、陳腐でどうしようもない。
これがサータヴァーナ王朝が歴史に残る最後の名前になるんだからね」
反乱の方を受けたカスティアは、驚くどころか、笑ってこの反乱を見た。
とはいえ、元皇帝を押し立てた反カスティア派の戦力は、70万に上る軍船を用意し、そこには高位の貴族たちが含まれていた。
12の恒星系がそれに賛同し、反カスティアの気勢を上げた。
これに対してカスティアは、「さあ、行きましょうか」そのように軽く答えて、自ら軍を率いての親征を行った。
ただし、その軍勢は僅か7万の艦隊。
皇帝の新征にしては、あまりにも微小な数だ。
だが、それから一月とたたずに、反カスティア派の拠点は陥落していた。
反カスティア派が予想もしなかった、皇帝カスティアの電撃的な攻撃。
反カスティア派拠点が軍を出動させる前に攻撃を受け、宇宙港から艦隊が出撃する暇もなく、次々と戦艦が攻撃され戦闘不能になっていった。
そればかりか、反カスティア派の拠点である惑星に対して、皇帝は次の兵器を使用するように命じた。
「インドラを使いなさい」
「陛下!」
インドラという言葉を聞いた時、それを聞いた部下は驚きの声を上げた。
「どうして驚くのかしら?」
「インドラは、対惑星兵器です……それも惑星を完全に破壊するのではなく、惑星上の生態系を回復不能な状態に陥れ、そこに住んでいる人間を未来永劫に苦しめることを目的にした、非人道的な兵器です」
「そんなことは分かっている。
だから、使うの。
見せしめにはちょうどいいでしょう」
皇帝は何事もないように口にし、非人道兵器の使用をあっさりと許可した。
すでに、防戦能力を失い、無防備と化していた反カスティア派の拠点の惑星は、このあと軌道上に不気味な艦隊の影が集まるのをただ黙って見ているしかなかった。
そして、園完隊から、やがて次々に惑星へと向けてミサイル攻撃が行われた。
ミサイルを惑星の成層圏内に突入すると、白い光を上げて一瞬で周囲の中性子と結びついて、化学反応を起こす。
惑星の各地に白い丸が描かれていく。
原子単位で崩壊を招く爆発の連続だ。
宇宙空間から見ればわずかな小さな点に見えないそれは、しかし一つの爆発で何百万もの生命を世界から消し去っていた。
そして、その後数百世紀にわたって、この惑星の環境は修復不可能な状態になる。
「全部壊してはダメ。
そう……惑星の人間がギリギリ生き残る程度に加減するの。
生かしておかなければならない。
この惑星の人間は、子々孫々に至るまで、何千年にもわたって、私に反抗したことを後悔しないといけないのだから」
そういうカスティアの瞳は、うっとりとしていた。
白く照らし出される惑星の光が、彼女の赤い瞳に移される。それがまるで、彼女の鮮血のような瞳をさらに赤く染め上げるかのように。