色付く世界
帰り道、途中でしおりさんと別れ家に着く。
玄関のドアを開ける。
「…ただいま」
「おかえりなさい!」
パタパタとスリッパの音をさせて、お母さんがエプロンを着けたまま出てきた。
その笑顔はいつも優しい。
でもその奥に私への「心配」が隠れていることを私は知っている。
「葵、今日学校どうだった?」
…きた。
毎日聞かれるこの質問。
私が「うん、…ふつう」と答えるたびにお母さんが一瞬だけ悲しそうな顔をするのを私は知っている。
私も本当は言いたい。
「楽しかったよ」って笑って言いたい。
でも嘘はつけなかった。
私は俯いたまま、ランドセルを下ろす。
「…あのね、お母さん」
「…うん?どうしたの葵」
お母さんの声が少し強張る。
私が学校の話を自分から切り出すなんて、一度もなかったから。
お父さんも、リビングから顔を出したのが気配で分かった。
私は自分の左手をじっと見つめた。
今日しおりさんが教室でみんなの前で
強く強く握ってくれた手。
もう冷たくない。
あの雪みたいだったしおりさんの手の温もりがまだ残っている気がした。
「…あのね」
私は顔を上げる。
お母さんが固唾を飲んで私を見ている。
「…きょう…ともだちが…できた」
言った。
その瞬間。
お母さんの目がこれでもかというくらい大きく見開かれた。
口元に手を当てて息を飲んでいる。
リビングからお父さんが飛び出してくる音がした。
「…葵…それ…ほんと…?」
お母さんの声が震えている。
私はこくんと頷く。
「…うん」
「…おんなのこ?」
「…うん…しおりさん…てんこうせいで…すごくきれいで…」
「…そっか、…うん」
「…あのね、私が描いてた虹の絵をね『きれい』って言ってくれたの…」
「…うん」
「…それでね、手つないで一緒に帰ってくれたの…」
「…うん…!」
お母さんの大きな瞳からポロポロと涙が溢れ出した。
「! お、お母さん!?なんで泣くの…!?」
「…ううん…ううん…ごめんね…嬉しくて…」
お母さんはその場にしゃがみ込むと私を思いっきり抱きしめた。
「よかった…!よかったね葵…!」
「お、おい母さん葵が苦しいだろ!」
お父さんが慌ててお母さんの肩を叩いているけど
そのお父さんの声も泣いていた。
お母さんに強く抱きしめられて、いつも美味しい夜ご飯の匂いがした。
灰色の教室とは違う。
温かくて安心する匂い。
私はお母さんの背中にそっと手を回した。
今日しおりさんが私の手を引いてくれたみたいに。
私の世界に本当に「色」がついたのは、今この瞬間だったのかもしれない。




