とある日の、とある午後。
「太陽と雪」の単話です。
とある日の、とある午後。
3人でアイスを食べていた。
◇◇◇
初夏。
梅雨が明けて、ジメジメ寒々とした雰囲気は、雲と一緒に流れ去ってしまったかのように、今日は酷く晴れていて、日差しが燦々と降り注いでいた。
「あ……っじぃ〜……」
ベランダを開け放っても、熱気はむわりと部屋の中を漂っていて、それが梅雨の残り香のようにそこに居る。
僕はうちわで顔に風を送りつつ、テレビを見ていた。
撮り溜めていたアニメ。冬アニメのくせにそこにどっかりと居座っていた所為で、父に「邪魔だから早く観てくれ」と催促され、前期中間テストが終わった翌日の土曜日__つまり今日__に見ていたわけだ。
かろん、と。熱気にやられた氷が小さく音を立てた。見れば、カルピスは随分薄くなっている。
「暑さにやられる被害者はここにも居たか……」
少し暗い室内。それは、お天道様が窓から見えなくなって大分経っているため。ふと見れば時計の短針は1と2のちょうど間を指している。……なるほど、お腹が空くわけだ。
キッチンに足を向け、ついでにカルピスのコップも手に持ち、のろのろと冷蔵庫を開ける。
「何食べよっかなぁ、……あ」
目の前にどどんと置かれた大きな食器、2つ。
1つはそうめん。『麺つゆくらいは自分で作ってください』?……分かってるよ、さすがに。
もう1つは……なんと、西瓜。
「あらら……もう、売ってんだ……」
6月の中旬だってのに。
「あれ、でも小玉だと売ってんのか……?」
1人首を傾げつつ、流しの下を覗き込む。
「あ……った、あった、麺つゆ」
塩っぱそうな濃い色を眺め、「1対8のやつだこれ」と呟く。
「……まぁ、適当でも良いよな」
多少塩っぱくても、水入れれば良いし。
◇◇◇
そうめんを食べ、後片付けをして。
ようやくひと心地をついた頃には、もう2時半を過ぎていた。
「アニメ……」
数十本とあったアニメは半分近くまで減り、何もしないで観ているのに飽きた僕は、スマホをいじる。
ユーチューブの動画で、スイッチ2の転売がありました、というのが流れてきて、「あぁ」と息を吐く。
「やっぱりそういうのあるんだなぁ……」
転売目的のなんて、しないで欲しいよね、なんて独りごちる。
抽選に応募したけど、当たんなかった側としては。
「あー……レナティスやりたいな」
スイッチで去年発売されたゲーム。声優が豪華で、ストーリーや音楽の制作陣も自分の推しゲームを作ってる人たちで、絶対に楽しいに決まってる!……とか思ってた作品。
「金欠過ぎて、買えねぇー……」
いっそのこと、誕生日プレゼントにでも買ってもらおうか……。
ぴんぽーん。
軽快なチャイム音。昔懐かしい音色。
「……はーい」
スマホを片手に、応じてサンダル引っ掛けて、どこか寒々しい玄関の扉を開ける。
「よっ」
開口一番それか。
呆れたように見遣って「何してんの」。そう問い質す。
へらへらと笑うその姿に、何となく想像はついていたけど。
「鍵忘れた」
「おいおい……」
兄貴だ。後ろに陽太も居る。
よっ、と声を掛けたのは彼らしい。
「暑すぎて帰ってきたら、ちょうどばったり会って」
「まぁ会うだろうよ、隣なんだから」
奇跡的確率でもなんでもない。
10回に8回は会ってるし。
そもそも帰る時も一緒に帰ることのほうが多いし。
「アイス食いたい……果物のやつ、まだあったよな?」
「あるある。自分で出してこい」
「うえぇ〜……ひでぇや弟ぉ〜……」
「パシろうとすんな。……あ、僕チョコアイス」
「兄は駄目なのに弟は良いのか……」
「先に言い出したやつがやるもんなの。いつもそうでしょうが」
舌打ちチッチッ。
兄貴が車庫の方の冷凍庫を見に行くのを見送って、陽太に「ほら、上がって」と声を掛ける。
「陽太のお父さん、今日も遅くなるんだったら飯食ってって。うちも遅いから」
「え、マジ?ありがとー、真音。父さん出前取っとけって言ってお金くれたけど、それなら使わなくて済むわ」
何とも嬉しそうに笑いながら言う。
「何作ろ」
「カレーとか?」
「うち一昨日カレー食べたから違うのが良い」
「えー、じゃあオムライス」
「関係者ばっかりかよ」
「関係者って」
へっへっへ、笑う顔に暗い影はない。そのことに、何故だか人知れずほっとした。彼の家庭状況は複雑で、秘密が多い。
__平凡な僕が、何でこんなに誰かの秘密をたくさん持ってるんだろう。
そう、疑問を覚えたことは数知れずある。
だが、そういうものなのだと納得するしかない。
平凡な僕に、秘密を使ってどうこうとか、できることなどないのだから。
「アイスー、持ってきたー」
兄貴の声に現実に引き戻されて、隣の陽太を見る。
「僕、カルピス飲むけど。カルピスと麦茶、どっち飲む?」
「麦茶ー」
呆れたような表情を浮かべて彼は言う。「ほんと、甘党だよね真音って」
「個人の嗜好の問題だ」
「難しそうな言葉を使って誤魔化そうとするんじゃありません」
「山上先生みたい」
2人して、くっくっく、と笑う。
兄貴が不思議そうな顔をする。
「俺にも麦茶」
「はいはい」
「氷入れてー」
「分かってるよー」
注文の多い。
「テストどだったん、陽太」
「やばかった……これでも、結構頑張ったんだよ、俺。でも、半分……の半分、行くか行かないか?って感じ……」
「やばいじゃん……」
「だよねぇ」
苦笑いを返すしかない彼の横顔に、ふ、と影が差す。
「スポ薦だからって、バカにされないように勉強、してたんだけどな……」
「嘘つけ。物理と言語文化と数学以外、サボってただろ」
「え、何で知ってるの?」
「当たり前だろ!お前の勉強を教えてたの僕だからな?!」
「えー……」
「……結局、教えた甲斐はあったのか?」
「……順位やばいと思う」
「はああぁぁっ?!」
「昨日までの3日間死ぬ気で頑張ったけど、生物油断しててやばい」
「分かるわー。去年、俺もそんな感じだったもん。入学してからさ、__」
怒鳴りつけて、ぐだぐだ言って、兄貴が相槌打って。
__あ、この感じ。
何と言うか、そう、こういう。
いつまでも続いていって欲しい、みたいな。そんな時の。
アイスを片手に、皆が笑ってる景色。
右手側の部屋から夕方が近づいている気配の光が差していて。
柔らかくて。
……どこか、切なくて。
変わらない風景を見ていたい、と。
そう願ってしまうような、そんな光景。
不意に涙が出てしまうような、そんな光景。
「……どしたん、真音」
「真音?」
声を掛けられてハッとする。アイスが溶けて、チョコレート色の水たまりが、オレンジ色の容器に出来ている。
「……ごめ、ぼーっとしてた」
「別に謝らんくても大丈夫だぜ」
兄が歯を出してニカッと笑う。「真音がぼーっとしてるのは珍しいなって思っただけだし」
「あ、……そ」
変わらない風景、変わらない関係を、求めるのは間違っているか。
「あ、消滅飛行機雲だ」
「え、どこどこ?」
「うわ、珍し」
白雲を切り裂く、細く涼やかな、青の帯。
目にも鮮やかなその青に、一時、僕達は見惚れる。
◇◇◇
緑葉は瑞々しく。
__もうすぐ、夏だ。
こんにちは、さくらねこです。一昨日ぶりですね。
約束でもなんでもないですが、再投稿いたしまーす。再投稿なのでご挨拶は簡単に。
作るのは時間かかるのに、消すのは一瞬です、悲しい話だ。




