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エレジア大陸記Ⅳ 白鳩の祈りと隼の爪  作者: 神凪 浩
第二章 信頼への道のり
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第四話 復讐の青写真

 三国連合の指導者たちが、改めて一つのテーブルについた。

 場所は、リューベックの三国交易所。

 かつてゲルト将軍が暗殺され、連合崩壊の引き金となった因縁の場所だ。

 だが、今そこに漂う空気は、以前のような猜疑心や敵意に満ちたものではなかった。


「…して、これが我が軍の掴んだ、敵性集団――『影』の動きだ」

 軍事都市ニュルンの領主オットーが、無骨な指でテーブル上の地図を叩いた。

 彼の声には、まだ怒りの熱が燻っていたが、その矛先はもはや隣国の指導者たちには向いていなかった。

「奴らの破壊工作は、リューベックと我が城だけではなかった。この一月の間に、三国間の主要な街道筋で、少なくとも五件の小規模な襲撃が起きている。いずれも軍や衛兵を狙ったものではなく、民間の商隊や旅人を襲い、金品ではなく、積荷の中から特定の『何か』だけを奪い去っている」

「特定の、何か?」

 隣に座るリューベック市長ガストンが、眉をひそめた。

 彼の顔からは、商人王と呼ばれた頃の傲慢さは消え、疲労と、しかしそれ以上に、自らの街を立て直そうとする指導者の覚悟が滲んでいた。

「そうだ」

 オットーは頷いた。

「奪われたのは、古代遺跡から発掘された石版の欠片や、曰く付きの古い装飾品ばかり。好事家が趣味で集めるような代物だ。我々は当初、ただの盗賊団の仕業と見ていたが…」

「それらの品々は、全て、微弱な魔力を帯びているものではありませんでしたか?」

 静かに口を開いたのは、山岳都市ザルツのヒルデガルド伯爵だった。

 彼女は、自らの城から取り寄せた分厚い古文書のページをめくりながら、静かに続けた。

「ザルツの古文書によれば、この西方には、かつて我らの祖先とは異なる古代の民が築いた文明が存在したと記されています。彼らは、人の感情を増幅させる特殊な鉱石を用いて、大規模な儀式を行っていた、と。オットー卿が言われた品々は、その儀式に使われた触媒の類である可能性が高い」

 三人の指導者たちが、それぞれの立場から得た情報を持ち寄り、一つの大きな絵図を組み立てていく。

 武力、経済、そして歴史。

 これまで決して交わることのなかった三つの視点が、初めて共通の敵を捉えようとしていた。

 リィナは、その光景を、深い感慨と共に記録していた。

 これが、彼女が、そしてカイルが、本当に見たかった未来の形なのかもしれない。


 だが、その絵図には、決定的なピースが欠けていた。

「敵の正体は見えてきた」

 議論を聞いていたヨナスが、壁に寄りかかったまま、冷ややかに言った。

「だが、肝心なことが分かってねえ。その『影』とやらを率いてる、親玉の目的だ。そいつがどこに隠れて、何を企んでいるのか。それが分からねえ限り、こいつはただの机上の空論だ」

 ヨナスの言葉に、場の空気は再び重くなった。

「……俺が行く」

 彼は、まるで散歩にでも出かけるような、軽い口調で言った。

「何ですって?」

 リィナが驚いて聞き返す。

「危険すぎます!あなたはもう、十分に役目を果たしてくれました!」

「ビジネスの続きだよ、お嬢様」

 ヨナスは肩をすくめた。

「それに、あんたたち『表』の人間が掴める情報は、ここまでが限界だ。この先は、俺たちみたいな、闇に棲むネズミの出番なのさ」

 彼は、オットー、ガストン、ヒルデガルドの三人を順に見渡した。

「あんたたちが集めた情報を、全部俺に寄越せ。襲撃があった場所、時間、手口。奪われた品物の特徴。そして、裏切り者の神官が吐いた、『影』の組織に関する情報。全部だ。そうすりゃ、俺がそいつらの寝床を突き止めて、親玉の喉元にナイフの一本でも突き立ててきてやる」

 それは、あまりに無謀で、あまりに危険な提案だった。

 だが、誰も、彼を止めることはできなかった。

 それが、今残された、最善の道であることを、誰もが理解していたからだ。


 ◇


 それから一週間、ヨナスはリューベックの闇に完全に姿を消した。

 彼が生きているのか死んでいるのか、リィナにすら知る術はなかった。

 彼女は、不安に押しつぶされそうになりながらも、三国連合の軍備再編や、民衆のケアといった、自らの務めを必死に果たし続けた。


 そして、七日目の夜。

 リィナが宿屋の自室で、眠れぬままカイルへの報告書を綴っていると、窓が、音もなく静かに開いた。

「……ヨナス!」

 そこに立っていたのは、闇そのものをまとったかのような、ずぶ濡れのヨナスだった。

 彼の服はところどころが裂け、腕からは血が流れている。

 だが、その瞳は、これまで見たどの時よりも、爛々と輝いていた。

「……見つけたぜ、奴らのアジト」

 彼は、テーブルの上に、血と泥に汚れた羊皮紙の巻物を叩きつけるように置いた。

「そして、奴らの『復讐の青写真』も、な」


 ヨナスは、三国の情報を元に、裏切り者の神官が使っていた密会の場所を特定し、そこに罠を張った。

 現れた「影」の連絡員を拷問して吐かせた情報から、ついに彼らの本拠地である、三国間の緩衝地帯の森の奥深くに隠された、古代遺跡の存在を突き止めたのだ。

 彼は単身その遺跡に潜入し、警備の網を潜り抜け、敵の首領の部屋から、この計画の全てが記された羊皮紙を盗み出してきたのだった。


 リィナが、震える手でその羊皮紙を広げる。

 そこに描かれていたのは、彼女の想像を絶する、悪魔の計画だった。

 「影の継承者」を名乗る首領の目的は、セレーネの復讐を、より歪んだ形で完成させること。

 古代遺跡に眠る、人の精神を汚染する巨大な装置を再起動させ、その呪詛の波動を大陸全土に拡散させる。

 その波動を浴びた者は、猜疑心と憎悪を増幅させられ、隣人を疑い、同胞を憎み、やては終わりなき内乱と殺戮を繰り返す、狂気の獣へと成り果てる。

 軍隊は不要。

 暗殺も不要。

 ただ、高みから、世界が自滅していくのを眺める。

 それこそが、セレーネの遺志を継ぐ者が描いた、究極の復讐の形だった。

「起動の日は、次の満月の夜だ…」

 ヨナスの声が、静寂を破った。

「間に合うか?」

 リィナは、羊皮紙から顔を上げた。

 その緑色の瞳には、もはや不安の色はなかった。

「間に合わせます」

 彼女の瞳には、白鳩のような優しさではなく、これから始まる最後の戦いを見据える、指導者の強い光が宿っていた。

「すぐに、三国の指導者たちに、緊急の招集を」

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