光と影が紡ぐ未来
それから数ヶ月後。
エレジア王国の王都は、変わらぬ喧騒の中にあった。
宰相執務室で、カイル・ヴァーミリオンは西方の安定化を示す報告書の最後のページをめくり、静かに息をついた。
彼がかつて、大きな戦争を避けるために仕掛けた「嘘」。
その嘘の上に築かれた砂上の平和は、脆くも崩れ去ったが、今、西方の地には全く新しい礎が築かれようとしていた。
カイルは机の引き出しから、数週間前に届いた一通の手紙を取り出した。
差出人は、リィナ・シルバーアッシュ。
羊皮紙に綴られた、彼女らしい実直な筆跡に、彼は静かに目を落とした。
―――
宰相閣下、カイル様
王都は、秋の気配が深まる頃でしょうか。
こちら西方の地は、復興の熱気で、冬の訪れを忘れてしまうほどです。
先日、三国協約の第一回定例会合が無事に執り行われました。
オットー領主の武骨な冗談にガストン市長が顔をしかめ、それを見てヒルデガルド伯爵が静かに微笑む。
五年前には考えられなかった光景が、今では日常となりつつあります。
彼らが築き始めた平和は、もう砂上の楼閣などではありません。
多くの血と汗、そして涙の上に築かれた、不格好で、しかしどこまでも確かなものです。
私がかつて信じた「誠実さ」だけでは、この平和は勝ち取れませんでした。
ですが、あなたが仕掛けたような「嘘」だけでも、この未来には辿り着けなかったでしょう。
光と影、その両方が必要だったのだと、今なら分かります。
こちらには、少し皮肉屋ですが、誰よりも頼りになる「隼」という相棒がいます。
彼は今、連合治安維持部隊の制服を少し窮屈そうに着こなしながらも、見事にその役目を果たしてくれています。
彼が守るこの街の未来を、もう少しだけ、この目で見届けたいと思います。
宰相特使 リィナ・シルバーアッシュ
―――
カイルは、その最後の一文に浮かぶ、どこか誇らしげなインクの滲みを指でなぞり、口元に微かな笑みを浮かべた。
自分が癒すことのできなかった傷痕を、あの誠実な「白鳩」は、全く違うやり方で、しかし確かに未来へと繋いでくれたのだ、と。
◇
その頃、リューベックの港を見下ろす新しい監視塔の上で、二つの影が並んで夕日を眺めていた。
「本当に、穏やかになりましたね」
眼下に広がる、活気と人々の笑顔に満ちた街並みを見下ろしながら、リィナが呟いた。
隣で腕を組むヨナスは、相変わらずぶっきらぼうに答える。
「まあな。俺の『用心棒』としての仕事がうまくいってる証拠だ。長期的に見れば、悪くないビジネスだった」
その言葉に、リィナはくすりと笑った。
彼の口にする「ビジネス」という言葉が、今ではもう照れ隠しのための不器用な優しさの響きしか持たないことを、彼女は知っていた。
夕日が、新しく生まれ変わった三国――リューベック、ニュルン、ザルツの旗が並んではためく交易所を、黄金色に照らし出す。
かつて西方の空を覆っていた偽りの影は、もうない。
そこにあるのは、偽りの謀略ではなく、互いを信じる心によって結ばれた、確かな絆。
白い鳩の祈りが指し示した道を、隼の鋭い爪が切り拓き、守り抜いた未来。
西方の地には、嘘ではなく、人々の信頼によってもたらされた、本当の夜明けが訪れていた。




