第二話 鳴動する古代遺跡
『三国協約』の名の下、西方の民は一つになった。
東からは、大地を揺るがす整然とした足取りで、ニュルンが誇る屈強な重装歩兵軍団が鉄の洪流となって進む。
南からは、ガストンがリューベックの財力でかき集めた、歴戦の傭兵団と連合軍の生命線を担う長大な兵站部隊が。
そして北からは、ヒルデガルドが送り出した、森を知り尽くした山岳猟兵たちが、まるで森の精霊のように音もなく集結した。
三つの軍勢は、それぞれに異なる紋章の旗を掲げながらも、ただ一つの目的のために、緩衝地帯である「嘆きの森」へと進軍した。
それは、かつて彼らが互いに向けていた刃を、初めて共通の敵に向ける、歴史的な瞬間だった。
連合軍の野営地は、嘆きの森の入り口、かつて古代の戦場であったという開けた平地に設けられた。
作戦天幕の中央には巨大な地図が広げられ、その周りをリィナ、ヨナス、そして三国の指導者たちが囲んでいる。
「ザルツの猟兵からの報告です」
ヒルデガルドの副官である若い騎士が、地図を指し示した。
「森の奥深く、古文書にある通りの場所に、巨大な古代遺跡の存在を確認。周辺は、『影』の者たちが仕掛けた巧妙な罠と、古代の呪詛を編み込んだ魔術的な結界によって守られています」
「おまけに、厄介な置き土産まであるぜ」
ヨナスは、腕を組みながら苦々しげに付け加えた。
「俺の『耳』が拾った情報じゃ、『影』の奴らは、遺跡の動力源である『心臓部』に、強力な自爆術式を仕掛けたらしい。精神汚染装置の起動を阻止できても、下手に手を出せば、遺跡そのものが半径数キロを道連れに吹き飛ぶ。最悪の引き分け狙いだな」
「なんと卑劣な…」
オットーが、怒りに拳を震わせる。
作戦は、夜明けと共に開始された。
オットーが自ら率いるニュルンの重装歩兵軍団と、リューベックの傭兵団が、陽動として遺跡の正面ゲートへ猛攻撃を仕掛ける。
鬨の声と剣戟の音が森に響き渡り、敵の注意は完全にそちらへと引きつけられた。
その隙に、ヨナスは三国の精鋭たちで構成された特殊部隊を率いて、森の反対側へと回り込んでいた。
「ここから先は、奴らの庭だ。息も殺せ」
ヨナスの低い声が、張り詰めた空気の中を伝わる。
彼が一度単独で潜入した経路は、あまりに危険で部隊を動かすには向いていなかった。
だが、ザルツの山岳猟兵が、古文書の記述と森の地形を読み解き、ほとんど知られていない隠された通路を発見していた。
嘆きの森は、その名の通り、まるで世界そのものが嘆いているかのような、不気味な静寂に包まれていた。
鳥の声も、獣の気配もない。
大地は力を失い、木々は生気なく枝を垂れている。
リィナは、後方の本陣で、この森全体が「影」の邪悪な気配に怯えているのを感じ取りながら、ただ固唾を飲んで彼らの無事を祈っていた。
やがて、ヨナスたちの視界の先に、月光を浴びて青白く浮かび上がる、巨大な石の建造物が見えてきた。
それは、まるで巨大な生物の骸が、長い年月をかけて石化したかのような、異様な雰囲気を放っていた。
苔むした壁は、油を塗ったようにぬらぬらと黒光りし、崩れかけた柱廊には、人の心の不安を煽るような、幾何学的な紋様がびっしりと刻まれている。
中央にそびえる巨大な尖塔は、天を突くというより、天から大地へと突き刺さった巨大な楔のようにも見えた。
古代遺跡。
その荘厳な雰囲気とは裏腹に、遺跡全体からは、肌をピリピリと刺すような、禍々しい魔力が放出されていた。
「…来るぞ」
ヨナスが呟いた瞬間、遺跡の隠し通路を守っていた石像の目が、不気味な赤い光を放った。
ゴゴゴゴ…という地響きと共に、二体の巨大な石像――ガーゴイルが動き出し、その石の翼を広げて精鋭部隊の前に立ちはだかった。
「古代の番人か!俺が砕く!」
部隊に同行していたオットーの護衛兵長が、巨大な戦斧を構える。
「待て!」
ヨナスが制止した。
「そいつはただの石像じゃねえ。遺跡の防衛機能の一部だ。無理に壊せば、この通路ごと生き埋めになるぞ!」
彼がそう叫んでいる間にも、ガーゴイルは口から灼熱の炎を吐き出した。
「散れ!」
ヨナスの指示で一同は散開するが、一体のガーゴイルが、狙いを定めてその巨大な石の爪を振り下ろす。
絶体絶命。
だが、その爪が部隊に届く寸前、リューベックの傭兵たちが投げた鉄の網がガーゴイルの腕に絡みつき、その動きを一瞬だけ鈍らせた。
「でかした!」
ヨナスは、その隙を見逃さなかった。
「あの足元の礎石だ!そこが魔力の供給源になってやがる!」
彼の声に応えたのは、ザルツの山岳猟兵たちだった。
彼らは寸分の狂いもない正確さで、特殊な杭のついた矢を礎石へと放つ。
杭が礎石に突き刺さった瞬間、ガーゴイルの赤い光が弱まり、動きが目に見えて鈍り始めた。
「今だ!叩き潰せ!」
ニュルンの重装歩兵たちが、雄叫びを上げてガーゴイルに突撃し、その巨大なハンマーで足の関節部分を粉々に砕いた。
古代の番人は、バランスを失い、轟音と共に大地に崩れ落ち、動かなくなった。
だが、彼らに休む暇はなかった。遺跡の内部は、まるで生きている迷宮のように、次々とその姿を変え、侵入者を拒んだ。
床が抜け落ち、壁が迫り、天井からは毒矢が降り注ぐ。
その全てを、三国の兵士たちが、それぞれの得意なやり方で突破していく。
ニュルンの兵士が盾で矢の雨を防ぎ、ザルツの猟兵が壁に隠された仕掛けを見抜き、リューベックの傭兵が持ち前の機転で罠を解除する。
これまで決して交わることのなかった者たちが、一つの目的のために、互いの背中を預け合っていた。
そしてヨナスは、その中心で、的確な指示を出し続けた。
彼の爪が、この混成部隊を一つの刃として研ぎ澄まし、闇の最深部へと切り込んでいく。
彼らはもはや、ただの寄せ集めの部隊ではなかった。
西方の未来を切り開く、唯一無二の希望の剣となっていた。




