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エレジア大陸記Ⅳ 白鳩の祈りと隼の爪  作者: 神凪 浩
第三章 西方の夜明け
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第二話 鳴動する古代遺跡

 『三国協約』の名の下、西方の民は一つになった。

 東からは、大地を揺るがす整然とした足取りで、ニュルンが誇る屈強な重装歩兵軍団が鉄の洪流となって進む。

 南からは、ガストンがリューベックの財力でかき集めた、歴戦の傭兵団と連合軍の生命線を担う長大な兵站部隊が。

 そして北からは、ヒルデガルドが送り出した、森を知り尽くした山岳猟兵たちが、まるで森の精霊のように音もなく集結した。

 三つの軍勢は、それぞれに異なる紋章の旗を掲げながらも、ただ一つの目的のために、緩衝地帯である「嘆きの森」へと進軍した。

 それは、かつて彼らが互いに向けていた刃を、初めて共通の敵に向ける、歴史的な瞬間だった。


 連合軍の野営地は、嘆きの森の入り口、かつて古代の戦場であったという開けた平地に設けられた。

 作戦天幕の中央には巨大な地図が広げられ、その周りをリィナ、ヨナス、そして三国の指導者たちが囲んでいる。

「ザルツの猟兵からの報告です」

 ヒルデガルドの副官である若い騎士が、地図を指し示した。

「森の奥深く、古文書にある通りの場所に、巨大な古代遺跡の存在を確認。周辺は、『影』の者たちが仕掛けた巧妙な罠と、古代の呪詛を編み込んだ魔術的な結界によって守られています」

「おまけに、厄介な置き土産まであるぜ」

 ヨナスは、腕を組みながら苦々しげに付け加えた。

「俺の『耳』が拾った情報じゃ、『影』の奴らは、遺跡の動力源である『心臓部』に、強力な自爆術式を仕掛けたらしい。精神汚染装置の起動を阻止できても、下手に手を出せば、遺跡そのものが半径数キロを道連れに吹き飛ぶ。最悪の引き分け狙いだな」

「なんと卑劣な…」

 オットーが、怒りに拳を震わせる。


 作戦は、夜明けと共に開始された。

 オットーが自ら率いるニュルンの重装歩兵軍団と、リューベックの傭兵団が、陽動として遺跡の正面ゲートへ猛攻撃を仕掛ける。

 鬨の声と剣戟の音が森に響き渡り、敵の注意は完全にそちらへと引きつけられた。

 その隙に、ヨナスは三国の精鋭たちで構成された特殊部隊を率いて、森の反対側へと回り込んでいた。

「ここから先は、奴らの庭だ。息も殺せ」

 ヨナスの低い声が、張り詰めた空気の中を伝わる。

 彼が一度単独で潜入した経路は、あまりに危険で部隊を動かすには向いていなかった。

 だが、ザルツの山岳猟兵が、古文書の記述と森の地形を読み解き、ほとんど知られていない隠された通路を発見していた。


 嘆きの森は、その名の通り、まるで世界そのものが嘆いているかのような、不気味な静寂に包まれていた。

 鳥の声も、獣の気配もない。

 大地は力を失い、木々は生気なく枝を垂れている。

 リィナは、後方の本陣で、この森全体が「影」の邪悪な気配に怯えているのを感じ取りながら、ただ固唾を飲んで彼らの無事を祈っていた。


 やがて、ヨナスたちの視界の先に、月光を浴びて青白く浮かび上がる、巨大な石の建造物が見えてきた。

 それは、まるで巨大な生物の骸が、長い年月をかけて石化したかのような、異様な雰囲気を放っていた。

 苔むした壁は、油を塗ったようにぬらぬらと黒光りし、崩れかけた柱廊には、人の心の不安を煽るような、幾何学的な紋様がびっしりと刻まれている。

 中央にそびえる巨大な尖塔は、天を突くというより、天から大地へと突き刺さった巨大な楔のようにも見えた。

 古代遺跡。

 その荘厳な雰囲気とは裏腹に、遺跡全体からは、肌をピリピリと刺すような、禍々しい魔力が放出されていた。

「…来るぞ」

 ヨナスが呟いた瞬間、遺跡の隠し通路を守っていた石像の目が、不気味な赤い光を放った。

 ゴゴゴゴ…という地響きと共に、二体の巨大な石像――ガーゴイルが動き出し、その石の翼を広げて精鋭部隊の前に立ちはだかった。

「古代の番人か!俺が砕く!」

 部隊に同行していたオットーの護衛兵長が、巨大な戦斧を構える。

「待て!」

 ヨナスが制止した。

「そいつはただの石像じゃねえ。遺跡の防衛機能の一部だ。無理に壊せば、この通路ごと生き埋めになるぞ!」

 彼がそう叫んでいる間にも、ガーゴイルは口から灼熱の炎を吐き出した。

「散れ!」

 ヨナスの指示で一同は散開するが、一体のガーゴイルが、狙いを定めてその巨大な石の爪を振り下ろす。

 絶体絶命。

 だが、その爪が部隊に届く寸前、リューベックの傭兵たちが投げた鉄の網がガーゴイルの腕に絡みつき、その動きを一瞬だけ鈍らせた。

「でかした!」

 ヨナスは、その隙を見逃さなかった。

「あの足元の礎石だ!そこが魔力の供給源になってやがる!」

 彼の声に応えたのは、ザルツの山岳猟兵たちだった。

 彼らは寸分の狂いもない正確さで、特殊な杭のついた矢を礎石へと放つ。

 杭が礎石に突き刺さった瞬間、ガーゴイルの赤い光が弱まり、動きが目に見えて鈍り始めた。

「今だ!叩き潰せ!」

 ニュルンの重装歩兵たちが、雄叫びを上げてガーゴイルに突撃し、その巨大なハンマーで足の関節部分を粉々に砕いた。

 古代の番人は、バランスを失い、轟音と共に大地に崩れ落ち、動かなくなった。

 だが、彼らに休む暇はなかった。遺跡の内部は、まるで生きている迷宮のように、次々とその姿を変え、侵入者を拒んだ。

 床が抜け落ち、壁が迫り、天井からは毒矢が降り注ぐ。

 その全てを、三国の兵士たちが、それぞれの得意なやり方で突破していく。

 ニュルンの兵士が盾で矢の雨を防ぎ、ザルツの猟兵が壁に隠された仕掛けを見抜き、リューベックの傭兵が持ち前の機転で罠を解除する。

 これまで決して交わることのなかった者たちが、一つの目的のために、互いの背中を預け合っていた。

 そしてヨナスは、その中心で、的確な指示を出し続けた。

 彼の爪が、この混成部隊を一つの刃として研ぎ澄まし、闇の最深部へと切り込んでいく。

 彼らはもはや、ただの寄せ集めの部隊ではなかった。

 西方の未来を切り開く、唯一無二の希望の剣となっていた。

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