花咲く屋敷にて
レオニウスの邸宅で保護されてから数日。
クラリスはまるで別世界にいるような、穏やかな時を過ごしていた。
朝は陽の光とともに目覚め、広々とした部屋で朝食を取る。
使用人たちは皆丁寧で優しく、クラリスが何かしようとすれば「お嬢様はどうぞお休みくださいませ」と笑顔で止めてくれる。
――けれど、クラリスの心は、少しだけ落ち着かなかった。
(……私はただ、保護されているだけ)
ふと、そう思ってしまうのだった。
この静かな幸せは、彼の「善意」の上に成り立っている。
それが有難いと思う一方で、自分だけが守られる存在であることに、どこか居心地の悪さを感じていた。
(……何か、私にできることは……)
そう思ったクラリスは、ある朝、誰にも告げずに庭へ出た。
春の草が伸び放題になっていた小道に膝をつき、手で草を抜き始める。
使用人の一人が慌てて駆け寄る。
「お嬢様! そんなことをなさらなくても!」
「いえ……私、少しでも皆さんのお役に立ちたくて……。いつも助けてもらってばかりだから……」
恥ずかしそうに微笑むクラリスに、使用人は言葉を失った。
その姿は貴族の娘というより、ただの一人の優しい少女のようで――
「……では、お手伝いさせていただきます。どうか、手をお怪我されませんように」
その日から、クラリスは庭の草抜きや室内の掃除、書庫の整頓など、小さな仕事を手伝うようになった。
使用人たちの間では「本当に伯爵様のお相手は、あのお方でよかった」とささやかれるようになる。
だが、クラリスの胸にはひとつ、拭えない疑問が残っていた。
(……あの人は、私に特別な感情など持っていないのでは?)
あの日、レオニウスは「保護する」と言ってくれた。
それは優しさであり、庇護であり、温もりだった。
でも――それだけなのではないか。
(私が……勝手に期待しているだけなのかも……)
胸の奥が、きゅうっと締め付けられる。
レオニウスは変わらず無表情で、あまり多くを語らない。
優しくはある。でも、彼が何を考えているのかは、いつも霧の向こうにあるようだった。
夜、寝室の窓辺で月を見ながら、クラリスはそっとつぶやく。
「……私が、好きになってしまったのかもしれない……」
自分の心の正体に気づいたその瞬間、どうしようもない不安が押し寄せてきた。
この気持ちを伝えることは、きっとできない。
壊れてしまいそうだから。
その一方で、レオニウスの書斎では――
伯爵自身が窓の外を見つめ、独り言のように呟いていた。
「……あの微笑みが、こんなにも胸を締めつけるとは」
だが彼は、その想いを誰にも伝えようとはしなかった。
ふたりの心は、今もすれ違ったまま――
けれど、確かに惹かれあい、近づこうとしていた。