表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/18

優しさの気配

 四度目のお見合いを目前にした朝――

 クラリスは姉エリザの怒声と共に、朝食の席で水をかけられた。


「なによ、その顔。幸せそうじゃない。なにかいいことでもあったの?」


 言いながら、エリザはテーブルの上のガラスのコップを乱暴に掴む。

 その手には迷いがなかった。


 ガシャッ――!


 突如、コップが宙を舞い、クラリスの腕をかすめて砕けた。

 鋭い痛みと共に、白い袖がじんわりと赤く染まっていく。


「……っ……!」


「あら、ごめんなさい。手元が滑ったわ」


 そう言って、エリザは鼻先で笑った。


 


 何とか部屋へ戻り、クラリスは傷口を自分で洗い、包帯を巻いた。

 少し腫れていたが、上着の袖で隠せば問題ない――そう、自分に言い聞かせた。


(大丈夫、今日はレオニウス様に会える日……)


 それだけが、クラリスの心を支えていた。


 


 邸宅に着いたとき、レオニウスはいつものように無表情で迎えてくれた。

 けれど、クラリスがそっと腕を庇うような仕草をした瞬間――


 彼の目が細くなった。


「……怪我をしたのか?」


「えっ……あ、いえ。ちょっと……転んだだけで……」


 ぎこちなく笑いながら答えるクラリス。

 しかしレオニウスはじっと彼女の表情を見つめ、何も言わずにうなずいた。


 その日も、ぎこちない会話が続いた。

 天気の話、最近読んだ本の話。うまく言葉をつなげることはできなかったが、レオニウスは一つ一つ丁寧に頷いてくれた。


 そして別れ際、庭へ向かう道で――


 彼はふと立ち止まり、クラリスの方を向いた。


「……何かあったら、私に相談してほしい」


「……!」


 その声は、今までよりもずっと柔らかく、温かかった。

 クラリスは驚いて、少しだけ目を見開いた。


「……はい。ありがとうございます」


 小さく返したその言葉には、涙のような微笑みがにじんでいた。


 


 ――だが、夢のような時間が終わり、自宅に戻れば現実が待っていた。


「また会ってきたのね」


 エリザが部屋の前で待ち構えていた。目には怒りと嫉妬が渦巻いている。


「なに、調子に乗ってるの? あんな無口で冷たい男に、まさか本気で好かれてるとでも?」


「……そんなこと……思ってません」


「だったら、さっさと消えなさいよ。目障りなのよ、あんたなんか」


 そう言って、エリザはクラリスの肩を突き飛ばす。

 クラリスはよろめきながらも、唇を強く結んで立ち上がる。


(……大丈夫。あの人が……私の味方になってくれるかもしれない)


 心に灯った小さな希望だけが、クラリスを支えていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ