静かなる花見
それは、前回の見合いからちょうど一週間後だった。
再びクラリスは、レオニウス伯爵の領地を訪れていた。
緊張はしていたが、前回とは違い、ほんのわずかに気持ちは軽かった。
なぜなら、あの無表情な伯爵が「また会いたい」と言ってくれたから。
(……嫌われたわけじゃ、なかったんだ)
しかし、再会したレオニウスはやはり無表情で、口数も少なかった。
それでも今回は、彼の提案で庭園の外にある小道を散歩することになった。
まだ春先の空気は冷たいが、日差しはやわらかく、風には花の香りが混じっていた。
木々の合間にぽつぽつと桜の木が並んでおり、ほのかに薄紅の花を咲かせていた。
二人は言葉少なに歩いていた。
それでも、クラリスは無理に話しかけようとはせず、ただその沈黙を受け入れた。
そして、桜の木の下に差しかかったとき――
レオニウスがふと、足を止めた。
「……綺麗だ」
それは、とても小さな声だった。
けれどはっきりとした、心の底からの感嘆だった。
クラリスは少し驚いて、彼の横顔を見た。
いつものように表情は変わらない。けれど、何かがほんの少しだけ、和らいでいるように見えた。
「……そうですね。とても」
彼の言葉に、やさしくそう返した。
会話はそれだけだった。
けれど、その一瞬だけは、春の空気のように穏やかだった。
そのまま夕暮れになり、二人は別れの挨拶を交わして帰路についた。
馬車の中でクラリスは、そっと手を胸に当てていた。
(……桜の花が、好きなんだ。あの人も)
無表情で何も語らない人だと思っていた。けれど、心の奥にはちゃんと何かがある――そう思わせてくれた一言だった。
――数日後。再び一通の手紙が届く。
『また、お会いしたい』
それは、変わらずぶっきらぼうで、飾り気のない文だった。
けれど、クラリスの心はほんの少し、温かくなっていた。