無言の見合い
伯爵邸に設けられた広間は、豪奢で冷たい静けさに包まれていた。
白銀の燭台、無機質に並ぶ椅子、壁にかけられた凍ったような肖像画の数々。
クラリスは小さく震えながら、その中央に座っていた。
「こ、こんにちは……クラリスと申します……」
対面する男――「氷の伯爵」ことレオニウス・フォン・エルンストは、噂どおりの人物だった。
長身で、整った顔立ち。だがその瞳は氷のように冷たく、表情はまるで彫像。
返事もない。ただじっと、クラリスを見ている。
(……こ、怖い……)
口を開いても、彼はほとんど何も言わない。
話しかけても、返ってくるのはうなずきや短い返答ばかり。沈黙が続くたび、クラリスの心臓は強く鼓動を打つ。
「あ、あの……お好きなご本とか……読まれたりは……?」
「……読む」
それきり、また静寂が落ちる。
空気は張り詰めていて、クラリスは膝の上で指をこすり合わせることしかできなかった。
(やっぱり……私なんかじゃ、ダメだったのかもしれない)
やがて見合いは形式的に終わり、クラリスは深く頭を下げて、伯爵邸を後にした。
馬車に揺られながら、彼女はため息を吐いた。
「……やっぱり、あの人には……似合わないよね、私……」
――だが、数日後。
クラリスのもとに、王宮を通じて一通の手紙が届く。
その封には氷の伯爵の紋章。封を切る手が震えた。
『――またお会いしたい』
その一文だけが、硬い筆致で綴られていた。
「……っ、え……?」
思わず声を上げるクラリス。手紙を握る手に、じんわりと熱がこもっていく。
その様子を部屋の扉越しに見たエリザは、鼻で笑った。
「ふん。まさか本当に気に入られるなんてね……さっさと出ていけばいいのに」
その目には嫉妬か、苛立ちか、あるいは思いもよらぬ焦燥か。
その感情の正体は、まだ誰にも――本人にもわからなかった。