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泥水の蓮  作者: siro
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 案内された部屋は窓がない一畳ほどの広さの中に、小さな岩を削った神の像がおかれていた。部屋の壁には薄暗くて見えにくいが、何か物語のような絵が描かれているようだった。


「なんの絵ですか?」

「これは神が地上に舞い降りて、魔獣たちを追い払った神話を描いているのですよ」

「へー」


 驚いている間にイーノは仕事をしに出て行ってしまった。

 ランプを像の前に置いて、いつものように祈りを捧げた。今日は感謝の祈りだけでなく、クロードウィックが無事に帰ってきますようにとお願いもしてみた。


 ふと見上げると、目が暗闇に慣れたのか、先ほどよりも部屋が明るく見え壁画がよくわかった。


「あれが神様かな?」


 雲の割れ目から舞い降りているように見える大きな人物、そしてその足元には女性と男性が描かれていた。


「剣と盾を持ってる。騎士かな? 女性は聖女?」


 両脇の壁には女性が祈りのポーズをしているものと、男性が怖そうな魔獣を退治している絵があった。

 絵の雰囲気的に、神が降り立って女性と男性が神の使い的な存在なのだろう。天井を見上げると、龍と鳥と鯨のようなものがぐるぐる回っているように描かれ、足元にはトカゲと亀とモグラのようなものが同じように描かれていた。


「そういえば、聖女の歴史みたいなの全然教わってないな……神様はどうして私を連れてきたんだろう。聖女ってなんだろう? この絵の女性ってきっと聖女だよね?」


 壁に描かれた女性に触れながら、目を閉じた。

 

 瞼の裏に思い描くのは、この壁画の情景だ。神に遣わされた二人、物語ならきっと勇者といわれるのではないだろうか。

 でも自分には壁画に描かれた女性のような光を放つことも、癒しのような力もない。そもそも、戦う男性もそばにいないのだ。


「感謝以外の祈りを強制することを禁止したってことは、それ以外の祈りができたってことだよね」


 ふと、前にクロードウィックが言っていたことを思い出した。


「……クロードウィックさんに聞いたら教えてくれるかな」


 クロードウィックは何不自由ない暮らしをくれるけれども、どこかうっすらと壁を感じることがあるのだ。だが、聖女がお礼を言ったり、今日会った楽しいことを報告すると自分ごとのように喜んでくれる、不思議な存在だ。


「なんか、質問したら彼を困らせてしまいそう。困らせたくはないんだよなぁ」


 一瞬、彼に似た誰かの困った顔を思い出した気がした。


「……今の誰だったっけ?」


 思い出せそうで思い出せない。


「聖女様ー! お昼ができましたよー!!」

「あ! はーい!! 今行きます!!」


 エルケの声に反応したかのようにお腹がグーッと鳴り、聖女は慌ててランプを持って部屋を後にした。

 部屋はランプがなくなっても、淡く輝き続けていた。


 居間に戻るとテーブルの上に温かいスープが並んでいた。エルケとイーノも一緒に食事を取るため、部屋に集まっていた。


「やはり冷えてきましたなぁ」

「えぇ」

「スープが温かくて美味しい〜」

「ジャガイモも暖かいうちに召し上がってね」

「はーい」


 パチパチと暖炉で爆ぜる薪の音を聞きながら、ホクホクのジャガイモのを口にした。塩胡椒がまぶしてあって美味しく、スープは野菜の旨みがあり、干し肉と一緒に食べるとまた味わいが変わっておいしかった。


 閃光が部屋の中を照らした。その数秒後にゴロゴロと雷が鳴った。


「雷! こんなに荒れるなんて……クロードウィックさん大丈夫でしょうか? 精霊のところまで辿り着けたんでしょうか」


聖女が思わず尋ねると、二人は窓の外をみながら答えた。


「そうですねぇ、精霊の場所次第かと。朝見た感じですと、夜には帰って来れそうな場所でしたが、移動していたら明日になるかもしれませんね」

「雨足が変わっていませんから、きっと道も悪くなっていますしねぇ。旦那様が無理をなさらなければいいのですが」

「そうですよね」


 ここにきてから初めて荒れた天気だ。雷に怯える歳ではないのだが、聖女はなぜか不安を覚えた。

 ゴトンと薪が落ちた音に驚いた。


「あ、薪がおちたんですね。そろそろ追加の薪を持ってきますか」


 そう言って、イーノが席を立ち追加の薪をとりに部屋をでた。

 聖女は手持ちぶたさで、食べ終わった食器を持って立ち上がった。


「食器片付けますね」

「あら、ありがとう」


 厨房に食器を置いて、居間に戻ると、エルケがテーブルの上につっぷしていた。


「エルケさん!?」


 聖女が駆け寄って確認すると、どうやら気を失っている様子。ゆすっても背を叩いても起きる様子がない。


「どうしちゃったんだろう。酸素不足とかかな?」


 窓を開けようかと思うも、外は相変わらず暴風雨だ。とりあえず扉を開けようとドアの部に手を伸ばした瞬間、開いた。


「イー……だ、誰ですか?!」


 イーノが開けたと思ったら、見知らぬ男性が三人目の前に立っていた。


「聖女様お迎えにあがりました」

「な、だ、誰ですか!? あなた達!!」

「聖女様の真の騎士です」

「はぁ?!」

「あの領主は聖女様を軟禁して、独占していたのです」

「本来ならすぐに王都へとお連れしないといけないのに! このような辺鄙な場所に閉じ込めていたなんて!」

「さぁ、行きましょう! 聖女様!!」

「待って、いや、はなして!」

「説明は後にいたしますゆえに急いで!」


 聖女の話を無視するかのように、男達は聖女の手首を掴み、無理やり外へと連れて行こうとした。触れられた瞬間悪寒が走った。


「やめて!! イーノさん!! エルケさん!!」


 聖女が必死に叫ぶも、エルケは目覚める様子もなく、もう戻ってきてもいいはずのイーノも来なかった。


「エルケさん!!! あなた達何をしたの!?」


 捕まった手を振り解くも、今度は羽交い締めにされてしまった。


「聖女様は騙されていたのですよ!」

「そうです! 尊いあなたがこのような場所で暮らしていたなんて!」

「誰か!!!」

「聖女様、我々を信じてください!!」

「領主に騙されてはいけません! 我々を信じて!!」

「こんな田舎に聖女様を閉じ込めて!! なんてやつだ!」


 男達に引きずられるように、裏口へと連れて行かれてしまった。途中少し開いた扉から足先だけ見え、聖女は慄いた。


(あの足はイーノさん?!)


 外はいまだに荒れているというのに、男達は気にせずに外へとでた。雨風が顔を殴りつけるように吹き荒れ、思わず顔を背けた先に見えたのは、藁がつまれた小さな荷馬車だ。

 男達はその荷馬車に聖女を押し込め、上から布を被せてしばってしまった。


「ちょっと!! 何が信じてよ!! 完全に人攫いじゃない!!!」


 暴れる聖女を男が一人押さえつけ、荷馬車が動き始めてしまった。布は雨に濡れて重く。揺れる荷馬車の不安定さに暴れるのもうまくいかない。


 声を荒げても、この暴風雨でどこにも声が届かなかった。


「誰か!!!」


 ガタンと大きく揺れた瞬間、藁の下にあった何か硬いものに強かに頭をぶつけてしまい、痛みと共に気を失ってしまった。

 一瞬瞼裏に見えたのはクロードウィックの姿だった。



 暗闇の中、雫が一つ落ちる音が響いた。

 湿った空気を感じ頭を上げるも、何も見えず、また水が落ちる音が聞こえた。ぽたぽたと水音が近づいてくる気配に、戸惑いながらも立ち上がると足元に自分の姿が映り込んでいた。


「制服? あれ? でも今着てるのは」


 腕を見れば、町で着ている服だ。

 もう一度足元を見るも、波紋が広がり見えなくなってしまった。見上げれば霧のような雨の中、薄緑色の布を被った人が立っていた。


「あの……」


 声をかけようとすると、すっと左を指差した。

 思わず指差す方へと顔を向けると、そこには先ほど聖女を襲った男達が雨の中荷馬車を押していた。


「え? あれ?」


 思わず隠れる場所を探すも、どうやら男達の姿は幻影らしくゆらめいていただけでなく、荷馬車の中に聖女自身が倒れているのが見えたのだった。


「これってどういうこと? 夢?」


 驚く聖女をよそに、布を被った人が聖女の横に立つと、また違う方向を指した。そこには、馬出かけてくる人物がいた。馬のいななきが聞こえそうなほど、急停止すると、水も滴る髪をかき揚げ、馬上で険しい顔をしているのはクロードウィックだった。そして彼の前に現れたのは濁流となった川。


「クロードウィックさん!! もしかして立ち往生してる?」


 聖女の言葉に布を被った人が頷いた。


「そんな! どうしよう! 私って攫われたままでしょ? 助けてくれそうなクロードウィックさんも大変ってもう詰んでるじゃん!!」


 頭を抱える聖女に布を被った人は不思議そうに首を傾げた。


「どうしようって冷た!! なになに?! なんでいきなり雨が降るの?!」


 聖女のところにだけ雨が降り始め、驚いていると雨音と一緒に笑い声が聞こえた。


「いたずらに構ってる暇はないよ! こんなことするくらいなら、あの川の濁流をどうにかしてよ!!」


 そう聖女が叫んだ瞬間、雨の雫が空中で止まった。


「え?」


 きゃっきゃっと楽しそうな声と共に雫は時間が巻き戻るように上へと登っていった。聖女がもしかして今のは妖精とか精霊の類では? と思っていると布を被った人が聖女の手を握って何かを持たせた。


「なに?」


 にっこりと笑っているように感じたことを不思議に思いながら、手の中を見ると小さな光だった。その光の中には小鳥が一羽欠伸をしていた。


「小鳥?」


 ピヨっと鳴くのが聞こえた瞬間、地鳴りと共に轟音が聞こえた。


「ん?」


 パッと目が覚めると、見えたのは薄暗い森の木々だ。そして不愉快に揺れる寝床。周りを見れば、両手は結ばれ、被せられていた布は無くなっていたが、口に布が巻き付けられて声は出せなくなっていた。

 ぶつけた場所がズキズキと痛むと思いながら、注意深く周りを見ると、男達は雨で足を取られた馬を必死に引っ張っている様子。


 ピヨっと夢の中で聴いた鳥の声に頭上を見上げると、ふわふわと光流物が浮いていた。


(今なら逃げられるかな?)

 

 体を起こしかけたところで、山の奥から木の枝やら木の葉が蠢いているのが見えた。


(あれってもしかして地滑り?)


 驚き身をすくめた時には、地面が波打ったかのように木の葉の濁流が襲いかかってきた。馬のいななきと共に男達の悲鳴が上がった。


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