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泥水の蓮  作者: siro
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 聖女は自分で何ができるかわからないのなら、色々やってみるしか無いと切り替え直した。何よりも本がない、文字がないこの場所で知る手掛かりは人との会話のみ。


 手始めに家の中にいる使用人の人と仲良くなるべく、朝食を手伝ってみた。肝っ玉お母さんのような侍女頭のエルケは、執事長と夫婦でずっとこの家の管理を任されているらしい。


「クロードウィック様はお身体が弱くて、ここでよく療養をしていたのですよ」

「そうなんですか!」

「えぇ、今はもう健康で、魔物退治にも率先して出向かれていますから。大きくなるにつれ亡くなられたお兄様に似てきました」

「お兄さんがいたんですか?」

「あっ、えぇ。逆賊に襲われて亡くなられてしまったんですが、旦那様にとっては触れてほしくないお話なので、このことはご内密に」

「わかりました。そんなことがあったんですね」


 確かに、そう言うことは本人が言うまで触れちゃいけないだろうと聖女は心に留めた。

 毎朝の日課であるお祈りも済ませ、クロードウィックの見送りも済ませると、次は町内のお散歩だ。

 子供達の元気な挨拶を返しながら、今日は商店が並ぶ方へ向かった。挨拶を交わしながら、今何が美味しいかなど話を聞きながら質問した。


「値札ですか?」

「うん、普通値札ってあるものじゃないのかなーって思って」

「あははは、この町で値札なんて置きませんよ。大きな町に行ったらありますけどねー、ここら辺は物々交換か、まぁー適当だよ」

「て、適当なんだ」

「あぁ、行商人は値札持ってる人はいるけど、そう言う人は……いろんな領地を通る人だねー」

「そうなんだぁ」

「……どうしてそんなことが気になったんだい?」

「んーこの町で文字を見たことがなかったんで」

「あー町で文字を読める人なんてほとんどいないよー。読めたとして数字だね〜」

「数字……じゃー本もないのか」

「ないない〜! 本なんて高級品だよ〜」


 その言葉に、聖女はがっくりと肩を落とした。

 ついでに数字を教わるもローマ数字表記で、慣れるまで時間がかかりそうだと思った。


「まぁーこんな長閑な町だったらしょうがないよねー」

「あ! せいじょさまだー! なにしてるのー?」

「なにしてるのー?」

「んーお散歩だよー」

「じゃー私たちと一緒に羊毛刈りしにいこうよー!」

「羊毛刈り!! するする!!」

「メヌエットばあちゃんの牧場だよー!」


 子供達と手を繋いで、教わった歌を一緒に口ずさみながら町の外れにある牧場へと向かっていると、丁路地でのんびり煙管を蒸しているお爺さんが手を上げた。


「「こんにちは!」」

「おう、こんにちは、今日はどこ行くんだい?」

「メヌエットおばっちゃんの牧場!!」


 子供が元気よく言うと、お爺さんは顎に手を当てて唸った。


「あー羊刈りの時期か、んー今日は行かない方がいいな」

「「どうして?」」

「よそ者が彷徨いてる。町中で遊んでた方がいいだろう」

「「はーい」」


 聖女がびっくりしている間に子供達が元気よく返事をした。そして引っ張るように聖女の手を引いてまたきた道を戻ることになったのだった。

 振り返るとお爺さんが手を振っていたので、会釈をするも釈然としなかった。


「ねぇねぇ、よそ者がいると危ないの? 羊刈りはいいの?」

「この時期ならいつでもやれるし!」

「うん! 子供は攫われちゃうかも知れないんだよ」

「聖女様なんて特に危ないでしょ」

「いや、でも必ず攫われるなんてことはないんじゃ…」

「あるよー。それに攫われなくても、どんな子供がいるか確認しにきてるかも知れないんだって」

「そ、そうなんだ」


 もしかして外の世界は自分が思ってるより危険なのかも知れない、と聖女が不安に思っていると、子供達はもう違う話題で盛り上がっていた。


「お裁縫のお手伝いはどうかな?」

「えー僕いやー」

「じゃー馬小屋のお掃除は?」

「お庭のお掃除は?」

「お昼のお手伝い!」

「馬小屋掃除!」

「鶏小屋掃除!」

「染め物のお手伝いはー?」

「おてて汚れるーからやだ」

「領主様のお庭掃除!」

「「それだー!」」


 明るい子供達の雰囲気にある意味いつも助けられている聖女にとって、お手伝い候補の場所の多さに驚きつつも、今日のお手伝い場所が決まって、子供達は小走りになった。


「ん? 領主様のお庭?」


 まさかの居住地に戻ってきてしまった。

 お庭の掃除って何をするんだろうと思っていると、雑草取りや庭の手入れのお手伝いだった。

 小屋から慣れた手つきで子供達は、箒や鍬など皆やりたい作業をどんどん決めていく。


「みんな手慣れてるね」

「あのね、あのね。領主様のお庭のお手伝いちゃんとやるとね。お菓子もらえるんだよ」


 幼い少女が大きな耳打ちで教えてくれた。

 その声が聞こえたのか、侍女頭のエルケが大きな独り言で「今日みんなが頑張ったらりんごタルトでもご馳走しようかしら〜」と言うと、子供達は目を輝かせてやる気を見せた。


「すごいなぁ」


 思わず笑うと、エルケが聖女の顔を見て嬉しそうに「表情が良くなったわね」と呟くも聖女には聞き取れず思わず聞き返した。


「え? エルケさん今なんて?」

「ん? 笑顔が可愛いと言ったのよ」

「あ、ありがとうございます」


 笑顔? と思いながらもそういえば、自分は今どんな顔をしているのだろうと思った。全然自分の顔に頓着なかったことに気づいたのだ。

 でも、この屋敷に鏡らしきものはなかったし、水に反射した姿は凡庸だった気がするのだ。

 自分の顔に触れながら唸っていると、後ろから大きな声が響いた。


「聖女様ー! サボっちゃダメだよ! りんごタルト食べれないよ!」

「それは困るわ!」


 聖女が慌てて子供達の後を追って庭の手入れに参加した。

 掃除の仕方は決まっているらしく、リーダー格の子がテキパキと指示をだしていた。

「聖女様はジャイ達と雑草とりして、手が荒れるから手袋ちゃんとしてね! 薬草は抜いちゃダメだから」

「はい!」

「ジャイは聖女様に薬草教えてあげて!

「うぃっす!」


 小さな子達と混じって雑草なのか薬草なのかわからない葉っぱの見方を教わりながら、いらない葉っぱを抜いていく。結構大変な作業だ。


「エルケさんのりんごタルトは美味しいだよねー」

「そうだよねー楽しみ〜」

「聖女様、ここに住んでるんだからいつでもたべれるでしょ?」

「まだ一回しか食べたことないよー」

「そうなんだー」


「こらー! そこおしゃべりしてないで手を動かす!! りんごタルト早く食べたいでしょ!!」

「「はーい!!」」


 思わずエルケたちと顔を合わせて大笑いをした。

 そのころ、エルケはお礼用のりんごタルトを作りに台所にいた。

 こんこんという扉を叩く音が聞こえ、エルケが扉を開けると一人の少女がきていた。


「おや、庭掃除じゃなく、お菓子作りを手伝ってくれるのかい?」

「うん。こっちの方が楽しいし」

「ふふふ、つまみ食いはダメよ」

「はーい」

 

 少女はパイ生地をこねるのを手伝いながら、エルケに尋ねた。


「……ねぇ、ねぇ、エルケさん。聖女様、大丈夫だよね?」

「大丈夫さ。ここに来た時よりも表情が良くなっただろう?」

「うん! このままずっと町にいてほしいな」

「そうだねぇ」

「領主様も嬉しそうだし」

「確かに!」

「あのね、こないだベンが聖女様に尋ねちゃったこと、私もそうなったらいいなって思うの」

「……領主様と聖女様が〜っていうやつかい」

「うん」

「確かに、私もそう思うよ。でもね、それは二人が決めることであって外野があれこれ言うことじゃないよ」

「そう、だよねぇ……」

「そうさぁ。そのためにも、聖女様がいることを周りに知られちゃーダメだ」

「うん! 今回みたいに余所者が来たら、領主邸にくるんだよ」

「わかった。みんなにも言っておく」

「あぁ、よろしく頼んだよ」


 

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