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翌朝もクロードウィックと一緒に洞窟の中にある神の像で祈りを捧げた。クロードウィックは執務があるということで部屋に戻り、聖女は一人で町の散策へと出かけた。
その次の日は町の子供達と遊んでくたくたになって帰宅し、その次の日は溝にはまった羊の救出を手伝ったりと、なんだかんだでこの町の生活に溶け込んでいた。
クロードウィックとは朝一緒にお祈りを捧げる時以外は、彼は領主としての仕事で忙しいらしく顔を合わせることはなかった。
そんな単調な日々を過ごす中、町の人との距離感にも慣れ、まるでのその町の住民のように聖女は過ごしていた。
気づけば、緩やかな生活になんだがぬるま湯に浸かるような幸せを感じていた。
「はぁーおだやかだなぁー」
今日は牧場のお手伝いのあと、その家の子供だちと一緒に暖かな日差しが降り注ぐ野っ原の上でお昼寝をしていた。
羊たちの鳴き声と、カランカランと聞こえる羊につけられたベルの音。空を舞う大きな鳥の鳴き声。
風が吹くたびに葉っぱが掠れさわさわと音が波のように押しては引いていくのを子守唄にしながら、皆スヤスヤと眠る中、聖女は空を泳ぐ魚の形に見える雲をぼーっと眺めていた。
「ねぇ、ねぇ、聖女様は領主様と結婚するのー?」
寝転んでいた聖女の目の前に、いきなり少年が顔を覗き込んで聞いてきた。
「へ?」
「結婚する?」
「こら! ダイアン何言ってるの!!」
驚き固まっていると、少年の姉であるチェリーが駆け寄り首根っこを捕まえて聖女から引き剥がした。
「なんだよ姉ちゃん! 気にならないのかよ!!」
「気になる気にならないの問題じゃないの!! 失礼なことを聞くんじゃない!! 申し訳ありません。聖女様!! バカな弟の言葉なんで気にしないでください」
「い、いえ」
「バカって言った!!」
「バカにバカって言って何が悪いの! じいちゃんのところで根性叩き直してもらいな」
「うげ!」
暴れる弟を羽交いじめにしながらチェリーは牧場の小屋へと戻って行ってしまった。一人残された聖女は唖然としながら起き上がり、周りを見るもお昼寝をしている子達はまだ夢の中だった。
「あはは、行っちゃった……」
少し気まずくて、もう家に戻ろうかと思うも、聖女の横にはまだ子供たちが寝ている。まだ起きる様子がなく、保護者としていなくなってしまうのも問題だろうと思い直し、誰か起きるまで一緒にいようと聖女はまた横になった。
「確かに、勘違いされても仕方ないのかなぁ」
クロードウィックとはそんな甘い雰囲気になんてなった事もないというのに、一緒に暮らしているからだろうか? と思うも、あの家には使用人の女性は何人かいるのだ。
通いの人は聖女と歳が近い女性もいたはずだ、だが彼女達にはそのような噂が立っている様子はないのは、町の住民だからだろうか。
「クロードウィックさん、変な噂が立ったら困るだろうな。恋人がいたら困るだろうし……あれ? そもそも結婚してるのかな?」
クロードウィックに対して、領主ということ以外何も知らないことに気づいた。すんなりとこの生活に溶け込んでしまっているが、よくないのでは? と思いつつも、この平和が崩れるのは嫌だなという思いも湧き起こった。
「このままがいいな」
思わず目を閉じながら呟いた。
動物の鳴き声、草木が風に靡く音、遠くでは川のせせらぎ。
自然の声が聞こえる中、人々の暮らす音も聞こえる。
誰かに頭を撫でられたような気がした。
ふと目が覚めると、ソファの上に寝かされていて聖女は焦った。周りを見ると家に戻っているだけでなく、目の前のソファにはクロードウィックが本を読んで座っていた。
「あ」
「目が覚めましたか?」
「私、丘の上で寝てた気が……」
「えぇ、気持ちよさそうに眠っていたので、起こさずに連れて帰ってしまいました」
「す、すいません!! 一番の年長者だったのに、子供達と一緒に寝てしまって」
「いえいえ、いいんですよ。子供達にも起こしたらダメだと言われたので」
にっこりと微笑まれて聖女は顔を赤くした。子供のように疲れて眠ってそのまま連れて帰られるなんてっと思いながら、明日子供達にからかわれそうだと思っていると。
「ここでの暮らしに慣れたようで安心しました」
「い、いえ、皆さんよくしてくださるので」
「聖女様がいるだけでかなり良くなりますから」
「よくなる?」
「えぇ、魔物の襲来もなくなりましたし、動物たちも安心して暮らしています」
「へー」
「ふふふ、聖女様は実感が湧かないかもしれませんが。町のものたちは皆実感しているのです」
「そうなんですね」
何もしていないのになぁと思いながら、クロードウィックと一緒に遅めの夕飯を食べた、今日のお手伝いの内容を報告し、寝るためにベッドに入りふと気づいた。
「本」
ここにきて初めて本を見たことに気づいたのだ。この家の中で一度も本を見かけていなかったのに、今日クロードウィックが本を読んでいた。
「そういえば、この町には本屋さんもない。文字も見かけてない」
商店の看板は全部、売る商品の形の看板が置かれているだけだ。町の入り口にも文字らしきものもなかった。
「聞いてもいいのだろうか」
もしかしてこの国、もしくはこの町の識字率は低いのかもしれないことに気づいた。それでも全くないはずはない、領主であるクロードウィックは本を読んでいたのだから。
文字を読めるというのは確か昔は貴重だったとか何かそういう話があった気がすると、モヤモヤとする思考に耽っていると、ふと最初に説明された言葉を思い出した。
”貴族たちの派閥争いに巻き込まれ命を落としてしまう事件があったのです。その時に神からの警告が落とされました。二度と聖女を悪用してはならないと”
「命を落とした聖女がいた……うっ……頭痛い」