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泥水の蓮  作者: siro
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 少女が目覚めると、ベッドの中だった。古めかしい木の天井、そしてベッドの周りには分厚いカーテンがついていた。カーテンを開けると少し肌寒く、窓の隙間から光がさしている。足元にはスリッパのような革靴があり、履いてみるとひんやりとしていた。


「冷たっ」


 部屋には机と椅子、クローゼットが置かれているだけのシンプルな作り。ベッドの横にはランプが置かれていたが、火は灯っていなかった。


「どうしよう」


 少女が困っていると、ドアを叩く音と共に声がかけられた。


「聖女様、お目覚めでしょうか?」

「はい!」


 慌てて声を上げると昨日の使用人の女性がきていた。どうやら今着ているワンピースはパジャマだったらしく、ちゃんとした洋服に着替えることになった。

 全体的に茶系のスカートと生成りの緩いシャツにベストのような少し硬めの服を上からきる服だった。

 着替えが終わると、クロードウィックがいる居間に案内された。


「おはようございます。聖女様、ゆっくり休めましたでしょうか?」

「は、はい! すいません」

「いえいえ、ぐっすり休めたのでしたら幸いです」


 今日のクロードウィックはズボンとシャツとベストなのだが、生地の感じ少しラフな印象があった。


「あ、あの、聖女って何をすればいいんでしょう?」

「あぁ、説明がまだでしたね。毎日神の像の前で、今日の生きとし生けるものへの感謝の祈りを捧げていただくだけで大丈夫です」

「それだけでいいのですか?」

「はい……前に色々ありまして聖女様に過度な負担を負わせてはいけないと言う決まりができたのです」

「過度な負担?」

「えぇ、神の像への道すがらお話しましょう」

 

 クロードウィックに案内されるがまま、町の中を歩んだ。長閑な町でみな、朝から畑や家畜の世話に勤しんでいる。

 商店はまだ開いておらず、朝の準備に追われているようだ。


「長閑でしょ? 王都は、あの山を超えた先にあるのです。昔は聖女様が現れたら王都へとお連れしていたのですが、貴族たちの派閥争いに巻き込まれ命を落としてしまう事件があったんです。その時に神からの警告が落とされました。二度と聖女を悪用してはならないと、そして感謝の祈り以外を強制することを禁止されたのです」

「そ、そうなんですか」

「はい、聖女様が現れると知らされるのは、出現場所に一番近い領地を治める領主と滞在を許可した町だけです。あの事件以来、出現した場所から聖女様を無理やり移動させてはならないと言う決まりができたのです」


 事件というからには、大変なことがあったんだろうと聖女は気になったが、同時に恐ろしくなり聞けなかった。


「聖女様にはここで心置きなくお過ごしください」

「はぁ」


 町の奥には洞窟があり中に入ると人の手で掘った跡があった。奥は明るく、そんなに長い洞窟ではなかった。

 出た場所は開けた広場のようになった空間だった。真ん中に年季の入った苔むした像が一つ佇んでいる。上を見上げれば絶壁の上には花々が咲いていて美しかった。

 風が吹くたびに花びらがひらひらと舞い降りてきた。


「こちらです」


 像の前には石畳が敷かれており、受け皿のような岩の皿の中には花と木のみや果実が入れられていた。


「ここで祈ればいいのですか?」

「はい」


 これだけでいいのだろうかと聖女は思いながら像の前で手を合わせ祈った。

 祈った瞬間暖かな風に包み込まれた。


「ぇ」


 風の音に混じって”おかえり”と聞こえた気がして思わず周りを見渡すも、後ろに控えるクロードウィックは同じように目を瞑り祈りを捧げていて、彼がつぶやいたわけではなさそうだった。

 見上げた像は、ちょうど陽の光が差し込みキラキラと輝いていて神秘的で美しかった。


「……」


「聖女様、ありがとうございます」

「えっと、これだけでいいんでしょうか? お掃除とかは?」

「像の掃除ですか?」

「はい」

「んー町のものが当番で行っているので、大丈夫です」

「そう、ですか……」

「まずは町に慣れていただければと思っています。それから徐々に聖女様がやりたいことをやっていただきましょう」

「はい! よろしくお願いします」


 聖女は元気に返事をすると、クロードウィックと一緒に洞窟から出た。この後はどうしようかと悩んでいると、クロードウィックは領主として他の町への見回りで外出してしまうとのこと、町の中は安全なので自由に歩き回って好きなように過ごしていいと言われた。


「好きにかー、よそ者の私がいいのかな?」


 相変わらずなにも思い出せないが、クロードウィックを見送った後、町の中を歩いてみると、皆気さくで仕事中だと言うのに声をかけて気にかけてくれた。


「聖女様、おはようございます」

「お、おはようございます」

「あーせいじょさまだー! ねぇねぇ、泥んこ遊びしよ!」

「こら! あんたは鶏の世話が残ってるでしょ!」

「ぎゃー」


 小さな子供が飛び出してきたと思ったら母親に怒られてあっという間にいなくなってしまった。


「聖女様、商店があいてますから、ぜひ見てまわってください。そこの通りを右に回ったところですから」

「あ、ありがとうございます」


 言われた通りに向かってみると、店が開いていた。喫茶店らしき店の前には椅子とテーブルが出ており、すでにお茶を飲んでる老人がいた。

 他には店の前にテーブルが出され、布の端切れや糸が並んでいたり、小物が並んでいたりと、いろいろあり、見ているだけでも面白かった。

日用品屋さんの店から食べ物屋さんに変わると、いろいろな匂いが鼻腔をついてくる。

 魚の干物を並べてる店もあれば、パンを焼いてる店に、肉屋や香辛料となんだかお腹が空いてきてしまう。


「すごいなぁ」


「あら、聖女様。お菓子はどう?」

「いえ、お金もっていないので」

「大丈夫ですよ! 聖女様からお金なんて取りませんって」

「そうそう、なんだったら領主様に請求するしなぁ!」


 夫婦で営んでいるのであろう。女性からはクレープを握らされ、男性からは木のコップにたっぷりと入ったスムージを持たされてしまった。


「え」

「歩きながら食べるのも乙ですよ!」

「あっちが景色いいですからねぇ!」


「あ、はい」


 突き返す勇気もなく二人の圧に圧倒されて聖女は指さされた方向に歩き始めた。せっかくだしと思いクレープを口にすると、ほんのりとした甘さと香ばしさで美味しかった。


「おいしぃ」


 スムージもふわふわとした舌触りに甘酸っぱく、クレープと相性が良かった。

 これはまた食べたくなる味だ、と思いながら進んでいくと小川の流れる音が聞こえてきた。


「聖女様、この先で子供達が小川で遊んでるので気をつけてください。隙を見せたら、水かけられますからなぁ!」

「そうなんですか? 気をつけます!」


 木の陰に座り込んでいた老人に注意され、慌てて残りのクレープとスムージを食べた。


「はっはっは。こりゃーすまん。食事を急かすつもりはなかったんだが」

「いえ」

「コップはワシが返しておこう」

「あっ」


 このコップは返すものか、何も考えずに持って歩いていたと手元のコップを見た時には老人に取られていた。


「じゃー楽しんでくれ」

「いっちゃった」


 せっかくだし小川を見に行こうと思い進むと、木の橋が架けられた場所で子供達が川に飛び込んで遊んでいた。


「おぉ、ワイルド」


「あ! せいじょさまだー!」

「聖女様もどう?!」

「遠慮します」


 元気だなぁと思いながら小川を見ると、風車があった。近づくと木が軋む音が響いていた。中では麦を石臼に入れて粉にしていた。

 仕事の邪魔しちゃまずいだろうと離れ、小川沿いを歩いていると、石垣が現れた。蔦が生い茂り、ところどころ小さな花が咲いている。


「なんだろうここ?」


 鳥の鳴き声が響き、耳元でピヨっという声が聞こえ振り返ると肩に小さな鳥がとまっていた。


「うぇ?!」


「ピッ? ピピピ」


 鳥は可愛らしく首をかしげてから、横に飛び立った。鳥が飛んだ方向は道があり、進むと民家が並んでおり、家の前にある庭にはいろいろな飾りやら陶器の置物が置かれており、どれも個性的で可愛かった。


「あ、ネズミの置物だ。こっちはうさぎ。わ! 小さな扉まである」


 おもしろいなぁと思いながら進んでいると、町の端っこに到着した。昨日みた石垣の内側であろう、木枠でしっかりと組まれ物見櫓が壁沿いに作られていた。

 階段もあり、好奇心で登ってみた。上の方の石垣には小さく隙間が作られており、外が見えるようになっていた。

 緩やかな丘がいくつもあり、どこまでも緑豊かな土地だ。


「隣の町ってどこにあるんだろう?」

「こっちにはありませんよ」

「うぇ!?」

 振り返ると簡単な防具に身を包んだ男性が立っていた。

「あ、すいません。勝手にはいっちゃって」

「いえいえ、全然平気ですよ。子供達も自由に登ってきますから」

「そうなんですか?」

「えぇ! 外を見られていたんですよね? あそこの森には魔物が住んでいるんですよ。で奥の雪山にも獰猛な猛獣と魔物がいるので、人はほぼ住んでいないんです。猟師の小屋や避難所があるだけです」

「へー……魔物がいるんだ」

「……はい、なので町の外は武術の心得がない人にとっては危険なんです。聖女様はくれぐれも気をつけてくださいね」

「は、はい!」

「ちなみに隣の町は向こうの壁から見えますよ」


 兵士らしき男性は後ろを振り返り、指差した。

 振り返ると町がよく見えた。少し歪な四角にちかい丸い町のようだった。領主邸の屋根がよく見え、商店のところから料理をしているのであろううっすらと煙が立ち上っていた。


「あっちに行ってみます」

「えぇ、壁沿いで進むよりもあの道を通って、りんごの木が見えたら右に曲がって進んだ方が早いですよ」

「りんごの木……」

「はい、今日も美味しそうに実ってましたから」

「わかりました」


 階段を降りて、アドバイス通りに進むと確かに赤いりんごが実っている大きな木があった。

 そして子供がよじ登ってひとつ捥いでいた。


「あ、せいじょさまだー」

「こんにちは」

「……せいじょさまにあげるー!」


 手に持っていたりんごと聖女を見比べてから、子供はリンゴを聖女に向かって投げてよこした。慌ててリンゴを受け取ると、子供は別のリンゴを捥ぐと、木から飛び降りた。


「おいしいよ!」


 そういうとあっというまに駆けていなくなってしまった。


「は、はやい」


 りんごに齧り付きながら、そういえばさっきから食べてばっかりな気がするぞ、と思いながらも蜜たっぷりのりんごが美味しくてあっという間に食べ切ってしまった。


「美味しかった……。この町の食べ物全部美味しすぎ」


 ご機嫌で壁にたどり着き、また階段を登って穴を覗き込むと、遠くに人工的な建物が見えた。


「おー本当だ見える」


 ふわりと風が舞い、頭上では大きな鳥がピーリョロロと鳴きながら旋回していた。


「わーのどかだ〜」


 夕方にはクロードウィックが町に戻ってきて、食べ物と一緒に聖女の服も大量にお土産として持って帰ってきた。


「こんなに……」

「こちらはお祭り用の服です。こっちが普段着用に5着ほど」


 お祭り用の服は白い生地に淡い色で花柄の刺繍が裾に施されていた。たしかにこの町で、白い生地の服を着ている人はいなかったし、エプロンも亜麻色であり真っ白ではない。

 この町にないものをわざわざ買ってきてくれたということなのだろう。


「すいません」

「良いのですよ。聖女様がいらっしゃるだけで人々は幸せになるのですから」

「はぁ」


 聖女は首をかしげた。特別な力のようなものを感じるわけでもなく、皆が聖女と崇めてくるというよりも、気さくに接してくれるのが普通なのだろうかと。


「確かに、昔は聖女様にいろいろな仕事をお願いしていた時もありましたが、現在は禁止されているのです。聖女様が不安に思うかもしれませんが、私がお守りいたしますので」

「あ、ありがとうございます」


 それ以上言葉が思いつかず聖女はお礼だけにとどめた。

 普段着ようの服は町の人よりも良い生地を使っているのがわかる程度で、肌触りが良く暖色系の落ち着いた色だ。

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