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「確かに、あの精霊は人間味あふれる方ですね」
「はい。……知りたいことは知れましたか?」
「あまり……」
そう答えながらも、精霊が言っていたことが気になった。
”それって君が望んだことでもあるんじゃない?”
過去の私は何を望んでいたんだろうと。
クロードウィックと一緒に部屋を後にする道すがら、霊廟内に入り込む光の美しさにため息がでた。そしてやっぱり見たことのある景色だと再確認するのだった。
「私、ここにきたことがあるんですね」
「……えぇ」
横で答えるクロードウィックに思わず聖女は手を掴んだ。
「聖女様?」
「誰かと手を握ってた気がするんです」
「……」
「それで、一緒に歩いたんです」
きっとそれがセシルだと思いながら、昔の自分は彼女とどんな話をしていたのだろうと思いを馳せながら霊廟を後にした。
外では風が舞い、美しいのに騒がしい感じがした。
「精霊たちが喧嘩していますね」
クロードウィックが小さくため息をつきながら呟いた。彼の視線の先を見れば、林の奥にある大きな木が異様に横に振れており、誰かが振り回しているようにも見えた。
「あれ、喧嘩してるんですか?」
「えぇ。まぁ、街でやらないだけマシですけど」
ーえぇ、まぁ、街でやらないだけマシですわ
「……」
クロードウィックが言った言葉と記憶の中の女性の声と被った。
「……私が望んだこと」
「どうしました?」
「いえ、なんでもないです」
聖女は平気だと伝えると、少し歩きながら広い庭園を散策したのちに、屋敷に戻った。
そして、その夜。聖女の部屋に昼間の精霊が現れた。
「よう」
「精霊様……女性の部屋に来るのどうかと」
「わるいわるい。一つ忘れてたことがあってさ」
「忘れてたこと?」
「そう、たぶん君が思い出せない一つのことは、過去に僕が記憶を封印したからなんだよ」
「え」
「君が願ったから記憶を封印したんだ。過去全般の記憶がないのは僕のせいじゃないよ?」
「でも、これを戻してあげたら、君は苦しむかな?」
「……それは戻ってから考えます」
「あははは、君って本当かわらないね。じゃー君が封印した記憶の一部を開けてあげるよ」
そういうと、聖女の額に指を当てた。
かちりという音と共に、何かが流れ込んでくる。
「それじゃーおやすみ。良い夢を」
精霊の声を聞きながら、聖女は夢の中へと落ちていった。
馬上で笑いながら野原を駆け回っている。見上げた先には、三つ編み姿のクロードウィックだ。
「クロード! もっと早く!」
「舌をかまないようにね」
背を彼に預け、まるでジェットコースターみたいだと思いながら駆けていく。
庭園を駆け回るのが終われば、彼は居なくなってしまう。
「それじゃ」
「クロード、次はいつ会える?」
「……俺は自由気ままだからさ、気が向いたらね」
そういってまた馬に乗って行ってしまう。
本当は知っている、そう言いたいのに言えない。
(なんだっけ、知ってるって?)
自分の知らない感情と知らない記憶。聖女は夢の記憶の跡を追いかけた。
「セシル!」
「あら、おかえりなさい。楽しかった?」
「楽しかったよ!!」
そういって抱きつくと、侍女のお姉さんに「はしたないですよ!聖女様!」と慌てて引き離されてしまった。ふわりとしたゆるい服を着ていてもセシルはいつもコルセットを閉めている。
清楚で貞淑な令嬢。首元まで覆うドレスばかり。
「……ずっとずっと一緒にいてよね」
「当たり前よ。貴方が王妃になっても私はずっと友達よ」
「……うん」
うまく笑えただろうか。
彼に会うためには私が王妃にならないと会えない。だって彼女のままだと彼は解放されない。
大親友ができたと思った。ちょっと気持ち悪いかな?って思うくらい彼女のことが大好きで、自分でもこんなに同性のことが好きになるとは思いもしなかった。
だから、彼の姿を見た時に、あぁ恋してたんだって気づいてしまった。
顔を上げれば、場面が変わっていた。
一人で霊廟の奥にいて、目の前にはあの精霊が口をへの字にしてあぐらを描きながら本気?という目線を投げていた。
「うん。セシルへの思いを消して欲しいの。クロードとの思い出も」
「クロードと結婚したければすればいいじゃん。君は聖女なんだよ」
「それじゃセシルが解放されないよ」
「そんなの大人たちにやらせればいいんだよ。君が悩むことじゃない」
「でも、みんなが私が王妃になることを望んでるんだよ!」
「……人間って面倒だね。記憶は消せないよ。封印することしかできない」
「それでもいいよ」
あぁ、そうだったんだ。
ストンと聖女の心は納得してしまった。
「王子様と結婚なんてしたくなかったんだ」
口にしてしまったら途端に、洪水のようにセシルとの思い出が溢れかえった。二人で遊んだ場所、勉強した場所、こっそり泣いてしまった時に慰めてもらったこと。
「だから、一度願ってしまった……神様に」
見上げた先は記憶の中で見た王都の礼拝堂。大きな神の像が建つその前で自分は一回だけ願った。
「クロードがひっそりと過ごしていたお屋敷で、一緒に田畑を耕して、近くの村で買い物したり、羊飼いの手伝いをしたりして暮らしたいって」
王子様との生活もきっとうまくいくように頑張るから。
「ここで死んだら、生まれ変わった先で彼と出会えますようにって」
***
目覚めたとき、目の周りがパリパリしていた。触れれば泣いた跡。
顔を拭って窓を開けにいく。
「すーーーーーーーはぁーーーーーー」
大きく深呼吸して、聖女は顔を両手で叩いた。
「神様、極端すぎるよ。私の願いを叶えるためにお告げまでしたの?」
きっと私は一度この世界で死んでいるのだ。まだ記憶は戻りきっていない、でも自分の願いが叶えられたことはわかってしまった。
「今度は逃げない。逃げたら、せっかくセシルが本来の姿に戻れたのに、私のせいで苦しめちゃう」
さぁ、告白をしに行こう。
ブルーナの言葉を信じれば、彼も私のことを未だに好きでいてくれている。
彼がくれた幸せにお礼を込めて。
おわり
久しぶりに、起承転結をきめたのに後半ブレブレになり、終わりどうしよう!と思いながらキャラが動くままに走らせました。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
クロード視点を入れるべきかすごい悩み。実は王子視点も書いたんですが、登場人物増えすぎ無理!となり没にしましたw
補足的な蛇足。
・王子にとってはツェツィーリアは初恋です。途中で男と気づいてショックを受けますが、良い友と思ってます。
・クロードウィックは聖女を助けてもらう代わりに自分が魔獣を倒す契約をします。その時に出された課題が勇者になること。しかも聖女と対になる勇者となることで聖女は生きながらえていた。という裏設定。
・聖女は、本当は本名を明かせば元の世界に帰れるようにしようと当初思い、それにクロードウィックがついていくとかいう話になる予定でしたが、話が長くなるので、その話はばっさり捨てましたw
書いてる途中バドエンネタも思いついたんですが、この企画はハピエン!と思って誘惑に負けずに進めました。(記憶を取り戻すと自分が死んでいたことを知ったと同時に肉体の時が進んで、そのまま泥となって溶けて花だけが残るとかいう終わりを思いついたんです。むせび泣くクロード。ごめんなさい)




