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聖女は庭にある畑の前でしゃがみながら雑草を抜いていた。
朝、クロードウィックの発言後、お互いギクシャクしながらも家に戻りそれぞれの作業しに別れたのだが、今日はクロードウィックも町にいるようで、お昼には顔を合わせないといけない。
「き、きまずい」
「聖女様どうしましたか?」
ブルーナが収穫した野菜を入れたカゴを抱えながら聞いてきた。
「いや、なんでもないです」
「その顔とため息をついてる様子から”なんでもない”とは言えないですよー。もしかして領主様に迫られました?!」
「うぇ!?? ないですないです!! 違います!!!」
「ですよねー、領主様奥手だし」
「ええ?!」
「もう、側から見てるとイライラしちゃってー。男ならいけよ! って思っちゃうんですよねー」
「ちょっ?!」
「もしかして聖女様気づいてなかったんですか?」
「ななななな、何がですか?!」
「あーー聖女様も鈍感なほうでしたよね」
「ええええ?!」
「あんなに熱い視線を送られてるのに、今度よーく領主様の顔を見ててくださいよ。他の人と聖女様に向ける顔が全然違いますから」
「いや、それは私が聖女だから優しく」
「違いますよぉ。まぁ、聖女様がお嫌でしたら、遠慮なくおっしゃってください。私たちは聖女様の味方ですから、領主様を近づけさせません! ご安心ください!」
そう言ってガッツポーズを決めたブルーナに聖女は焦った。
「ええええ!!! あの、ありがたいですけど、その気持ちだけで十分です!! 領主様ですよ?! ブルーナさんにとっては雇い主じゃないですか!」
「関係ありませんって! で、どうですか?」
「ど、どうって。えっと、嫌いではないです! ブルーナさんが求める好きとは違う気がしますが!」
「そうなんですね。聖女様は領主様がお好きと」
「はいって違います〜!!」
「あははは、冗談ですよー。聖女様、あんまり一人で悩みすぎないでくださいね、それじゃー私は一旦これを台所に持って行くので」
「はい」
ブルーナはひとしきり笑うと、野菜が入ったカゴを持って家に戻って行った。
なんだかこのやりとり、デジャブを感じると思いながら、聖女はまた大きなため息をつきながら目の前の雑草を引き抜いた。
「あれ、白いカブ……間違えちゃった」
土の中に急いで白いカブをもどしていると、遠くから音楽が聞こえてきた。
「ん? どこからだろう? 子供達が弾いてるのかな?」
聞こえる弦楽器の音に聖女は思わず立ち上がり、音がする方向へ足を向けた。
低い石垣に身を乗り出して見れば、子供達が駆けて行くのが見えた。どうやら音の出所を探しているようだった。
「子供達が弾いてるわけじゃないんだ。どこから聞こえるんだろう?」
子供達を見ていると、ある方向へと向かっているのがわかった。どうやらそっちから音がするようだと、上から眺めていると、ブルーナが後ろから声をかけてきた。
「どうされましたか?」
「ブルーナさん、どこからか音楽が聞こえて」
「音楽? あー、王都で流行っている曲ですね。……旅人が弾いてるみたいですね」
ブルーナは耳をそばだてた後、遠くの方を眺めながら呟いた。
「やっぱり、昨日の旅人さんが弾いているんですか? 見に行っちゃダメですよね?」
「そうですねー……領主様は警戒されていますし……」
「……そんなに危ない人なんでしょうか? 私、町の外が知りたいです。クロードウィックさんが守ってくださっているのはわかってるんです。でも……ずっとこの中にいたら、何も思い出せない気がして。外のことを知ったら何かしれないかなって」
聖女は思わずそうこぼしていた。
「あーーんーーー。人間ダメって言われたら見に行きたいものですよね。それに、神様は聖女様が望むままにと告げてるんです。聖女様が望むことはなんですか?」
ブルーナは天を仰いで唸ってから、聖女の顔を見て真剣に聞いてきた。
「望むままに……あの旅人の所に行きたいです」
「では、一緒に観に行きましょう!」
ブルーナはパッと笑顔を見せて、聖女に手を差し出した。思わずその手に聖女が掴むと「行きますよ!」と言って生垣を飛び越え、坂を下って行くのだった。
「うえぇ?!」
「こっちの方が早いですからね!」
聖女は驚きながらも、ブルーナと一緒に坂を駆け降りて行った。ブルーナと手を繋いで小走りに町の中をかけて行く。なんだか前にも同じようなことをしたような気がしつつも、聖女は思わず笑ってしまった。
「あははは、なんだか悪いことをしてる気分!」
「聖女様、怒られる時は一緒ですからね」
「わかりました!」
音楽はまだ止んでおらず、進めば進むほど音は大きくなっていた。
道の先で子供達が集まっているのを見つけると、数人コチラに気づいて振り返った。
「せ…、お、お姉ちゃん」
「いいのかな?」
子供達が戸惑っている中、聖女は「大丈夫だよ」と声をかけて、子どもたちの輪の中心にいるギオスの前に立った。
「こんにちは」
「おや、昨日ぶり。こんにちは」
ギオスは堂々と嘘をつきながら、弦を弾いた。
「話の続きを聞きにきました」
「おや……、それは」
「今は安定しているって話の続きです」
聖女の言葉にギオスは曲調を変え、歌うように語り始めた。
「……そう、この世界はクロードウィック公爵様のおかげで、今や魔獣討伐専門の自警団ができ、魔獣の被害に怯えることは減ったんだ。
聖女の負担を減らすために、聖女に頼りすぎないために、二度と悲劇を起こさぬためにと公爵は宣言し、王から準勇者の資格を授与された。試練を乗り越えた公爵。聖女の次に神に選ばれた者。
そして神は告げました、次に聖女が現れた時に聖女の意思を無視することは許さないと。同時に、一部貴族の屋敷に雷が落ちました。彼らは公爵家の悲劇を起こした貴族と噂のあったものたちばかり。
神の怒りに触れたと噂になりました。
公爵もまた大々的に発表しました、今後、公爵家の領地にある聖域に現れた聖女は、公爵家で保護し聖女に無理に魔獣討伐をさせることはしないと。
貴族たちは怒りました。聖女がいるだけで弱い魔獣は襲ってくることはないのです。魔獣討伐も今や公爵家に頭を下げてしてもらう始末。そして聖女がまた降臨したことが告げられました、でもまだ誰もその姿を目撃していない。聖女は本当に現れたのか。魔獣が減ったこの世界に」
ポロロンと弦を撫で、ギオスは語り終えると聖女を見つめた。
「どうして神は魔獣が減ったこの世界にまた聖女を呼んだと思う?」
「……減った。完全に消し去ることはできないから?」
「そうだね、魔獣は完全には消せないらしい、魔の吹き溜まりから生まれるのが魔獣だから……俺は、聖女が亡くなったと聞いた時、手にかけた奴ら全員殺してやろうと思った。まぁ、公爵様が仇討ちはしたらしいから出番はなかったんだけどね」
「私は一回死んだのかな?」
「さぁ? 真相を知るのは公爵様だけじゃないかな?」
ギオスは聖女の後ろを見つめながら言った。
後ろに向けられた視線に気づいた聖女は、振り返った。そこにはクロードウィックが息を切らして立っていた。
「はぁ、はぁ」
無言でクロードウィックは腰につけていた剣を抜いた。
子供達は慌てて道を作るように避けた。
「まって!!」
思わず聖女はギオスの前に立ちはだかった。
目の前には剣を掲げて今にも斬りかかろうとするクロードウィックの姿。
「どうして!」
「私が知りたいと思ったから! クロードウィックさんは言ったよね。私がやりたいことをやっていいって」
「っ!!」
「知りたいけど、知るのが怖くて気づかないふりしていた。でも、クロードウィックさんが、一生懸命私を守ってくれてるけど、同時にみんなに迷惑をかけてるんじゃないかって不安になる! 私がきたせいで怪我をしちゃったんじゃないかって。でも、みんな、町のみんなが私に気を遣ってくれて、何も覚えてない私は、このままじゃ申し訳なくって」
「そ、そんなことありません。みんな、あなたのことを大切に思っているんです」
クロードウィックは剣を下ろして、聖女の手を握った。
「あなたの過去は、いいことばかりじゃなかった。苦しいこともたくさんあった。だから無理に思い出してほしくない。私のただのわがままなんだ。あなたには幸せになってほしいから」
つらそうに語るクロードウィックに聖女は彼の頬に触れていった。
「クロードウィックさん、私、過去を知りたい、思い出したいです」




