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泥水の蓮  作者: siro
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 誰かの寝息が聞こえるなかで眠るのは久しぶりだと思いながら聖女は夢の中を歩いていた。


 夢の中だと思うのは、勝手に体が動いているからだ。暗闇の中をコツコツと小気味良い音が響いていく。足元を見れば、革靴に、ズボン、その上からスカートを履いて、手には弓を握りしめている。


「これは昔の記憶?」


 聖女の呟きに答えるものは誰もいない。

 顔を上げれば、風が頬を撫でて木の葉が飛んでいくと眩しくて目を細めた。

 周りでは、かちゃかちゃと物がぶつかる音がし、振り返ればそこは城壁の上。眼下には草原が広がり、その奥には林が見え、何かが蠢いていた。


「準備を急げ!」

「石の用意!」


 木が軋む音とともに、後ろでは投石機の準備が勧められている。

 双眼鏡で林を見れば、魔獣たちがこちらに向かってきていた。


「**! 準備はできたか?」

「王子、できてるよ!」


 甲冑を着た男性に声をかけられ、聖女の口は勝手に返事をしていた。

(この人、王子様なんだ……)

 金髪碧眼の正しく絵本に描かれる王子そのものだった。


「では、始めるとしよう」


 やる気に満ちた笑顔で王子は剣を掲げた。


「王国の民のために! 神より遣わされた聖女と共にいざ!! 眼前に立ちはだかる魔獣の討伐を行う!!」


 王子の声に応えるように地が揺れるほどの雄叫びが上がり、剣と盾を叩く音が響いた。


「行け!!」


 土煙を起こしながら馬に乗った兵士と歩兵が平原へと駈けていく。

 聖女は矢を持ち、弓を引いた。キリキリと限界まで引き、一番大きな魔獣に向かって矢を放った。

 風を切る音と共に流星のように輝き、魔獣の目を貫いた。


 遠く離れた城壁の上にまで聞こえるほどの不穏な叫びに不快感で体が震えた。


「っ」

「大丈夫だ。貴方の力を信じて」

「うん」


 王子は気合を入れるように聖女の肩をしっかり掴み、声をかけた後は背を軽く叩いた。


「セシルにビビらずに戦ったって報告するんだろう」

「もちろん! これが終わったら、セシルとカフェに行くんだから!!」

「じゃー頑張らないとな!」


 また矢を掴み、弓を引いた。祈りを込めながら矢を放つ。

 魔獣たちは矢から逃げるように避けるも、そこには兵士たちが待ち構え打ち倒していく。獣の断末魔と不快な匂いが充満する。


「投石用意!!」


 掛け声と共に、ラッパが吹かれた。

 その音を合図に、前線にいた兵士たちが城壁へと下がり、魔獣との距離を取れば、頭上を石が飛んでいった。重く空気を揺らし、魔獣の群れの中に落ちていく。


 城壁へと戻ってくる兵士のために聖女は祈りを捧げた。

 それは魔獣が入ってこれないようにするための結界だ。城壁設置された、結界水晶が祈りに共鳴し淡い光を放ち聖女を中心に淡いベールのように結界が広がり強化されていった。

「早く結界の中に入れー!」

「負傷者を先に入れろ!!」

 兵士たちが叫びながら結界の中に入っていくと、息絶え絶えだったものは、呼吸が楽になり、軽い傷は癒やされていった。


「王子! 偵察兵が戻ってきました!」

「連れてこい!」

「はっ!!」


 祈りを捧げながら、聖女は王子のそばにきた偵察兵の男たちを見た。

 そこには、先日家に侵入してきた男の顔があった。

(え! あの人偵察兵だったの? 何でも屋とか言ってたのに)


「南の山に大型の魔獣を中心に徒党を組んでいます。知能が高いらしく、周りには罠らしきものまでありました」

「東の谷には小型の魔獣が多く住んでいて、まだこちらにくる様子はありませんが、定期的に偵察に動いているようです」

「どちらも知能が高いようで、今来ている魔獣たちの動向を確認しているようです」


 報告と共に地図の上に書き足された情報に王子は舌打ちをした。


「なるほど、こちらが劣勢になったら加わるつもりというわけか」

「なら、徹底的に潰さないとね」


 聖女が勝気に応えると、王子はニヤリと笑みを浮かべた。


「もちろん! 偵察兵は引き続き魔獣の巣の監視をしろ! 動きがあったらすぐに連絡を!」

「「はっ!!」」


 王子は指示を飛ばしながら、対策室へと移動してしまった。聖女は城壁の上で祈りを捧げながら結界の維持を努めている。


「聖女さん、大丈夫?」

「? 貴方は偵察兵の」

「兵って言っても、俺は組合に所属してて駆り出されただけの臨時兵士だよ」

「そうなんだ」

「戦闘始まってから何日も働き詰めだろ」

「ありがとう、でもこれが私の仕事だから」

「……そっか。まぁ、俺あんたに礼を言いたくて、参加したんだけどさ」

「お礼?」

「そ、ルクスン村を救ってくれただろう? あそこ俺の村でさ」


「おい! ギオス!! サボってないでいくぞ!!」

「やべっ! じゃー聖女さん、これ俺の名刺! 困ったことがあったら、ここに書いてある場所に手紙くれれば、どこでも駆けつけるから!」


 そう言ってギオスと呼ばれた男は、聖女の手に名刺を握らせた。




「ギオス……」

「聖女様?」


 シャッという音共に眩しさに思わず強く目をつぶった。もう外は朝になっていた。


「眩しい」

「あ、すいません。眩しかったですね」

「いえ、おはようございます。ブルーナさん」

「おはようございます」


 聖女は夢の続きが気になったが、二度寝するわけにもいかず、朝食へと向かった。

(クロードウィックさんに聞けば、夢の出来事が本当にあったことかわかるかな? でもいつどこで起きたことなのかわからないしなぁ)


 朝食の場にはクロードウィックは現れなかった、どうやら町で何か起きたらしく、朝から出掛けてるとか。

 聖女はいつも通り、神の像の場所へと向かった。

 

「はぁ、今日の夢はなんで見たんだろう? ギオスさんと会ったから? でも夢だし本名かわかんないよねぇ」


 聖女は呟きながら、神の像の周りを掃除をすると祈った。


(夢の中で起きてたような恐ろしい魔獣が町に来ませんように)


 そう祈っていると、空気を切る音がし顔を上げると、岩場の上からロープが垂れ下がっていた。


「え」

「おはよー聖女様〜 会いに来たぜー」

「わぁーギオスさん、会いにくるって言ってたけど早い」

「お! 俺のこと思い出した?」


 ロープを伝って降りてきたギオスは嬉しそうだ。


「いえ、今日の夢でギオスって呼ばれてたんで」

「へー、俺の名前あたりだぜー! デートした時の夢かな!」

「いえ、戦場みたいな場所でした。デートなんてしてないですよね?」

「えーなんでそこ信じてくれないノォー」

「なんとなく、嘘だなって」

「他には何か思い出したことはあるか?」

「いえ、特には。やっぱり、あの夢は私の記憶だったんだ」

「南平野の戦いの記憶かな。俺との出会いはそこが初めてだから」


 ギオスは遠いところを見るように複雑な表情をすると、聖女に向き直った。


「今らな俺に聴き放題だぜ」

「……私が真実を知らないって言ってたよね。真実ってなに?」

「聖女様は4年前に一回死んでる。いや、正確には国民たちには死んだと公表された」

「え」

「でも神のお告げで聖女はまた現れると言われてね。聖女が短い期間で召喚された記録が今までなかった。だから、聖女が死んだ事件、正確には公爵家一家惨殺事件と言われてるんだが、その時に聖女様も死んだと言われてたんだが、大怪我を負ったが死んではいないんじゃないかってみんな思ったわけだ」

「待って待って、一家惨殺事件ってしかも公爵家?!」

「おう。あー…そこも知らないのかー」

「?」

「まぁーそれは、一旦置いといて。聖女様が頑張ってくれたおかげで、魔獣の巣の掃討はかなり終わってたおかげで、クロードウィックを中心に魔獣の残党狩りは行われたんだわ」

「クロードウィックさんが」

「そう、で、国全体ではもう大きな魔獣の被害は無くなった。この4年で自警団もある程度力をつけて、兵士を派遣しなくても大丈夫なまでに公爵領は安定しているんだがっと、怖い番犬が来た! じゃっ!」

「え?!」


 話途中でギオス猿のようにスルスルと降ろしていたロープを伝って登ると、ロープも回収されたところで、クロードウィックが入ってきた。


「聖女様!」

「クロードウィックさん。おはようございます」

「今、誰か話していませんでしたか?」

「えっと、独り言です」


 聖女は思わず嘘をついてしまった。

 クロードウィックは聖女の言葉に不安そうな表情をした。そして周りを見渡し誰もいないことを確認すると。


「まだ不審者が潜んでいるかもしれないので、極力一人では行動しないようにしてください」

「はい、ご心配をおかけしてしまってすいません」

「いえ、怒ったわけではなく、すいません」


 クロードウィックが慌てて謝る様子に聖女は笑ってしまった。


「どうしてクロードウィックさんが謝るんですか。一人で行動した私が悪いのに」

「いえ、その、聖女様に辛い思いをさせたくなく」

「……私、幸せですよ? むしろ、クロードウィックさんは大丈夫ですか? 私のせいで負担になってないですか?」

「いえ! 全然、むしろ私が一緒にいられて幸せですし」

「ぇ」

「ぁ」


 クロードウィックは慌てて手で口を覆うも顔は真っ赤に染まっていた。

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