「月夜に悪魔と踊った事は?」
深い闇の中雨音だけが鳴り響く。その音に掻き消される様に俺は息を殺して奴が現れるのを待っていた。
「今日はありがとう御座いました、最近辻斬りが出るらしいんでお気を付けて帰って下さい。」
「辻斬り風情我が剣に掛かれば恐れるに足らず、逆に斬り伏せてやろう!」男が自らの剣を抜き言った。
それを見て周りの男達も笑う。
「それでは女将また頼むぞ」
「はい、お待ちしております」
男達はそう言うと番傘を差し歩いて行く。
「しかし辻斬りか、最近この京の街も物騒になりましたな」一人の男が話す。
「最近も薩摩の手練が斬られたらしいし、油断できんな」
そんな他愛ない話をしながら歩いて居ると。
「何だ?傘も差さずに立っておるな?」
男達の目の前にずぶ濡れになった女が居た。
「そこの女、何故そんな所に傘も差さずに立っておる?」女はゆっくりとこちらを向く。その顔は口が耳まで裂けた異形の姿をしていた。
「何だあれは?酒に酔ってしまったか?」
それが男達の最後だったその女の身体が変化し巨大な百足の化物になり、次の瞬間男達目掛けて飛び掛って来たのだ。
「遅かったか」一人の少年が男達を追って来たのだが男達は百足の化物に殺され、その身体を一心不乱に貪られていたのだ。
「小僧、貴様私の姿を見たな?」化物は貪るのを止め少年の方を向いた。
「だがらどうしたんだよ化物が、まさか食事して居る所は見られたく無かったか?」俺が軽口を言うと。鋭い牙で噛み付いてきた。
「直ぐに噛み付くか躾がなってねえな」俺は紙一重で牙を避けた。
「貴様、我々の様な存在と戦い慣れているな?」首を縮めながら化物が言ってくる。
「へぇ~分かるのか?化物風情にしては、感がいいな」俺は終始化物を挑発する。
「このちっぽけな小僧が!貴様を苗床に我が眷属の糧にしてやろう!」大百足が全身をうならせながら突進する。
「キレて突っ込むだけか、芸がないな?」
大百足が全身で体当たりする瞬間大百足の身体が真っ二つにされた。
「ダメダメ、お前は私の物何だからこんな所で死なせないよ?」大百足の身体が倒れるのを見ながら俺は相棒に言った。
「何すんだよルカ!?俺が格好よく仕留めようと思ってたのによ!」
「お前の都合など知らんよ、お前はあの日から私の物何だ死なせはしないよ」その言葉と共に俺の影の中から紅い髪の少女が現れた。
「それにあの時私が助けなかったらお前は今頃その化物と同じ姿になっていたぞ?」ルカが手に持った背丈程ある鎌で化物を差して言った。
「俺なら一人でもやれたよ」
「強がるなよ小僧め、今のお前じゃぁまだ勝てない避けるのは褒めてやるがな」
ルカが鎌に付いた血糊を拭きながら言った。
「そりゃどうも礼は言わないぜ」
「言わずともお前は既に私の所有物だからな、言わなくてもよいぞ」ルカは鼻で笑うと化物の死体に近付く。
「見ない方が良いか?」
「好きにしろ今更お前に見せていない所など無いだろう?」ルカはそう言うと化物の死体を貪り食った。
俺は訳あって、相棒のルカと共に旅をして居る。ルカはかなりの偏食のゲテモノ好きな為毎晩こうして化物を狩っては食らっている。
「馳走になった、中々いけるな」ルカは口元を拭いながら言った。
「毎回思うけどよくそんなもん食えるな?」
「お前の様な凡夫には分からんだろうな、お前も次仕留めたら食ってみるか?」
「遠慮しとくよ」
俺達はその場を後にして宿に帰った。
俺達がこの京の街にきた理由は二つある一つは相棒のルカの餌を調達する為、そしてもう一つは人を探してだった。今京の街では幕府の役人や維新志士が鎬を削る戦場と化しているそんな負の情念が集まる場所には、妖の類も集まってくるのだ。
「今日も疲れたな」俺は宿に着くと畳に倒れ込んだ。
この街に奴がいるかも知れない俺は一人天井を見て考えていた。
最近この街を恐怖に陥れる辻斬り、俺は奴の仕業だと確信していた。
「何だ考え事か?」ルカが俺の影から現れる。
「分かるか?」
「常日頃からお前の中に居るんだ分かるさ」ルカが静かに言った。
「心配するなよ、俺はもうあの日から全てをお前にやるって言ったんだ。馬鹿な真似はしねえよ」
俺は寝転んだ状態でルカに言った。
「お前まさか私を口説いているのか?」突然の言葉に俺は起き上がる。
「そんな訳ねえだろ?冗談なんて止めろよ」
俺はルカから離れながら言った。
「その反応は気に入らんな私では不満か?」
ルカが俺に近づき青い瞳で見つめる。
「そんな事ねえけどよ、今はあいつとの決着を着ける事に集中したいんだ」
「そうか、ならこの話は全て終わった後だな」
冷たく笑うとルカは俺の影に消えていく。俺は一人奴との決着の事だけを考え眠った。
次の晩俺は祇園の街に来ていた。女を買う為では無く今夜の獲物と奴を探していたのだ。
街を散策して居ると一人の遊女が男と歩いていた。その男は浪人風の格好をしており、遊女を連れて暗がりへと入って言った。
「まさかな、」
俺は直ぐに二人を追いかけ祇園の外れまで来たのだが。
「見つけたぜ!昼膳!」
そこには男を殺して食らう鬼女が居た。その姿は長い角が二本生え黒い着物が返り血で紅く染まり、獣の様な爪と眼をしていた。
「貴様かそんなに妾を付け回すとは余程好き者よのう」昼膳は口元の血を拭いながら俺を見た。
「生憎様、連れは間に合ってるんでね」俺は軽口を叩いた。
「相変わらず可愛げの無い小僧よのう、まだあの事を根に持っておるのか」
「当たり前だ!一族の無念今ここで晴らしてやる!」
俺は腰に差した刀を抜いた。
「相変わらず貴様鬼童師どもはしつこいのう、あの時情を掛けてやったものを無駄にする気か?」昼膳は呆れ顔で言った。
「ふざけるなあ!」俺は昼膳に切りかかっただが昼膳はそこから動かず片手で俺の刀を止めた。
「分かったか?これが妾と貴様、鬼と人間の格の違いよ!」そう言って昼膳が刀を折り俺の首を掴んだ。
「貴様も一族の元へと送ってやろう!」
「クソ!離しやがれ!」昼膳が邪悪な笑みを浮かべながら爪を突き出し俺の首を刎ねようとした瞬間。
「言った筈だお前は私の物だと」その言葉と共に鎌が現れ昼膳の顔を切り裂いた。
「ゲホ、ゲホ、今回ばかりは礼を言うぜルカ!」
鎌と共に紅い髪をなびかせ異国の黒いドレスに身を包んだ少女ルカが現れた。
「妾に傷を付けるとはやるな?」昼膳の斬られた傷が塞がっていく。
「治すのか?前の方がお似合いなのに」ルカが素っ気なく返す。
「貴様も妾と同じ人外の物だな?それにその面妖な格好と姿、南蛮由来のものか?」昼膳が冷静に答える。
「まだ続ける?私はまだ殺れるけど?」ルカが鎌を昼膳に向ける。
「今夜はここまでにしよう、決着は明日の満月の夜、場所は清水の舞台で待つ」昼膳はそう言うと闇の中に消えた。
「大丈夫か?」ルカが俺に語り掛ける。
「ああ、助かったよ」俺は差し伸べられたルカの手を取り立ち上がる。
「決着は明日か、今夜は戻ろうか」俺はルカと共に明日に備え宿に戻った。
清水の舞台に行くと昼膳が月夜の中舞を踊っていた。その姿は美しく洗練されており思わず魅入ってしまっていた。
「来たかせっかくの月夜なのでな舞を嗜んでおった」
昼膳が俺達に向き合う。
「昨日の娘は居らぬのか?貴様では相手にならんからな」昼膳の言葉と共に影からルカが現れた。
「ルカ、頼んだぞ?」
「誰に物を言っている?お前はそこで見ていろ」
ルカが昼膳に相対する。
「今生の別れは済んだか?貴様の後はあの小僧を殺すからな」昼膳が笑みを浮かべる。
「別れだと?あいつは私の物、何処へも行かせんよ」
その言葉を合図とし二人が激突する、昼膳が爪で薙ぎ払うとルカが鎌の柄で防ぐそして今度はルカが鎌の刃で昼膳の首を狙うが、昼膳はそれを読んでおり鎌の支柱を破壊した。
「それがなければ貴様に勝ち目は無いだろう?」
昼膳が勝ち誇る。
「試してみる?」その言葉を聞き昼膳が飛び掛かり爪がルカに刺さる瞬間。
「ガハ!何だその術は!?」昼膳の爪が当たる瞬間ルカの足元の影が伸び刃の如く昼膳に突き刺さっていた。
「確かこの場所には「清水の舞台から飛び降りる」って言葉があったよね?」
「貴様アァァー!」その言葉と共にルカは昼膳を舞台から落とした。
「貴様!顔を覚えたぞ!次は切り刻む!」舞台から落ちながら昼膳の声が木霊していた。
「終わったぞ?これでいいか?」
ルカが壊れた鎌を持って俺に聞いた。
「奴は生きているまた追いかけないとな」
俺がそう言うとルカが舞台のから月明かりを見つめる。
「どうした?何かあったか?」
「お前さっきあいつの舞とやらをみて見惚れていただろう?」ルカが俺に詰め寄る。
「それがどうかしたのかよ?」
「お前は私の物だ違うか?」
「そうだよ、俺はお前だけの物だ」俺はルカを真っ直ぐみて言った。するとルカの口角を上げ言った。
「それなら私と踊ってくれるな?」
「俺は舞なんざやったことないぜ?」
「心配するな私がリードしてやる」
そう言ってルカが月明かりに照らされながら手を差し伸べる。俺はその美しい姿に見惚れてしまった。
俺がルカの手を取ると、優しく微笑み言った。
「月夜に悪魔と踊った事は?」
「今夜が初めてだな」
俺達二人は言葉を交わすとルカにリードされながら月夜を背景に踊っていた。
「月夜に悪魔と踊った事は?」 「完」
次回 「ソウル•ビート!」
この話は最初「鬼童師」と言う作品で描こうと思っていたのですが、アイデアが出ず一度没にしてこのタイトルとストーリーにして描きました。