80話 グレン
◆ ◇ ◆ グレン
「ギュレン!」
「うわっ、やめろ!頭の上に乗るな!」
「きゃ!ははっ!ギュレンの髪の毛もしゃもしゃ」
俺の肩に乗って頭の上に登ろうとして、慌てて下におろした。
怪我でもしたらどうするんだ!
「ギュレン、きょうはみんなで、たんれんのひ、ぼくもがんばる!」
俺の手をギュッと握りしめて引っ張って鍛錬場へと引っ張っていく。
タウンハウスの敷地内には辺境伯騎士団のための鍛錬場がある。
小さい敷地だがそれなりに騎士達が思い思いに体を動かす。
アルはまだ体調が完全ではない。3歳の小さな体はなんとか生き抜く事は出来たが悲鳴をあげてフラフラしている。なのに子供はじっとしている事は出来ないらしい。
医者に許可をもらって移動はほぼ抱っこ。
剣も軽い木で作ったものを少し振り回すだけ。
それでもう息切れしてゼイゼイ言っている。
だけど体力を少しずつ付けるためにも体を動かす事は大事な事だ。
ラフェはこのひと月タウンハウスでアルと二人で元の体力を取り戻すために屋敷で働き出した。
客として過ごして欲しいと頼んだが
「こちらに置いていただくなら是非お手伝いをさせてください」
そう言ってラフェはタウンハウスで縫い物の仕事を始めた。
騎士達にとって制服は大切だが、どうしても動き回るし鍛錬などですぐに破れたりほつれたりする。
縫い物だけでも毎日かなりの量がある。
それをラフェは簡単に縫い上げていく。
それもラフェが縫うとしっかりしていてもちが違う。
ラフェが縫う騎士服は王都ではかなりの人気だ。それが今ここで着られる事は騎士達にとっても士気が上がる。
闘いの上で動きやすさや着心地はとても重要だ。
みんなラフェに感謝している。さらにアルが鍛錬場に来ると、家族と離れタウンハウスに来ている者にとっては癒しになり二人がこの場所にいてくれる事はとてもありがたい。
「みんなにお世話になって何も返せない」と恐縮しているラフェ。
どんなにみんなが感謝しているか伝えても、自分の価値をわかっていないラフェは、いつも謝ってばかりだ。
そんなラフェに俺は騎士団の鍛錬場をアルと二人に来てもらうことにした。
「ラフェ、アルは毎日俺とここに来てるんだ、な、アル?」
「ギュレンとアルはがんばってるの、おかあしゃんがアルのふくつくってくれたから、みんなといっしょ!」
アルは嬉しそうにみんなの服を指さしていた。
ーーーおっ、アル、なかなかやるじゃないか。
「アルの制服は俺たちより丈夫なんだ、破れないし動きやすい。最近はラフェがうちの団の制服を縫ってくれているからみんな大喜びなんだ」
「……そんなことで喜んでもらえたらとても嬉しいです」
「そんなことじゃない、ラフェの縫った服は丈夫だしほつれにくいし、動きやすいからみんな奪い合って着てるんだ。な、アル?」
「うん、かあしゃんのふく、みんなありがとうっていってる」
「ほんと?アルも着やすい?」
「うん、それにかっこいい!」
「かっこいいい?」
「うん!」
ラフェはアルの話を聞きながらみんなが動いている姿をずっと目で追っていた。
「ラフェ?」
あんまり夢中で見つめているのでなんかイラッとした俺は何度となくラフェに話しかけた。
「あ…ごめんなさい。グレン様、みんなの動きを見ていました。
もう少し肩のところと脇のところを動きやすいように幅を広げて微調整したらいいかもしれませんね」
「はあー、なんだそんなところを見ていたのか?誰かかっこいい奴でもいて見惚れていたのかと思った」
「へっ?そんなことしていません!」
ラフェが驚いて目をパチパチとさせている姿がとても愛らしい。
やっとアルが元気になってきて、ラフェの笑顔も増えた。
最初、警備隊のところから助け出した時はこのままアルと二人死んでしまうのではないかと心配だった。
アルはなんとか薬が間に合って少しずつ回復していった。
薬を飲ませて一週間もするとベッドから起き上がり少しずつ食事も摂れるようになってきた。
今ではちょこちょこと動き回っている。
もちろんすぐに疲れるしまだまだ本調子ではない。
だけど子供の回復力はすごい。ラフェの方がまだ食欲もなくなかなか体型も体力も元には戻っていない。
それなのに無理して仕事をしようとするし、自己肯定感がかなり低い。なのに人に弱音を吐かないし意地っ張りだし、頑張りすぎるし、ほんと、俺が守ってやらなければラフェは倒れてしまう。
「ラフェ、お前のおかげでみんな仕事がしやすくなったんだ。それに今度使用人達の制服も新しいデザインで縫ってくれるそうだな。みんな楽しみに待ってる、王都で有名な縫い師のラフェの制服を着れるんだからみんな喜んでるんだぞ、だがな、ゆっくりでいいからな。みんなラフェがタウンハウスにいてくれることを願ってるんだから」
「グレン様、ありがとうございます、わたしが作った服を着て動いている姿を初めて見ました。少しでもみんなが着心地がいいように出来ればいいなと勉強になりました」
「うん、ラフェが好きな仕事を楽しんでするのなら俺はあまり口出せない。だけど無理はしないで欲しい、倒れたら元も子もないからな」
どうしてもラフェには強く言えない、惚れた弱みだ。
アルのことだって本当は部屋でゆっくりと過ごさせたいのに本人がじっとしたがらない。
だけどアルの元気な姿が見られるようになって……
俺も含めみんな号泣した。