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36話  グレン

 ◆ ◇ ◆ グレン



「なんで毎日毎日執務室で書類仕事なんだ!俺は騎士として体を動かしたいのに」


 ぶつぶつ文句を言いながら机の前に座り仕事をしていたら、斜め前に座っているアレックス様が、クックっと笑う。


「アルに会えなくてストレスが溜まってるんだろう?ラフェにも会えないしな」


「………そんなことはないです」


「あの親子をうちで雇い入れればよかったんじゃないか?」


「駄目です」


「なんで反対なんだ?ラフェのあの裁縫の才能を欲しいと思っている貴族は多いと思うぞ。

 我が辺境伯の騎士服もラフェに作って欲しいと思っている、今は王都の騎士団が発注しているらしいが次はうちがお願いしたいと思っているんだ」


「アルをあの近所のおばちゃん達から離したら可哀想です。それにラフェだって知らない場所に突然来いと言われても困るでしょう」


「そうかな?住む場所も食事も保障されて収入も以前より増えるならいいんじゃないか?」


「どこに住まわせるつもりですか?」


「うん?この城でもいいし、グレンの屋敷でもいいだろう?うちの子達はアルより大きいから喜んで面倒見ると思うぞ」


「ここはわかりますが、なんでうちの屋敷なんですか?」


「アルと一緒に眠れる権利を貰えるぞ」

 ニヤッと笑うアレックス様にため息をつきながら、


「アルはラフェ一筋だから俺とは寝てくれないと思いますよ」


「だったら三人一緒に眠ればいいだろう」


「はあー、なに言ってるんですか?」


「お前だってラフェのこと気に入ってるだろう?そろそろ亡くなった妻を思い、暗く苦しむだけの人生はやめて新しい人生を進んでもいいんじゃないのか?」


「別に苦しんではいないですよ」


「お前の人生全てだったからな彼女は。大人しくか弱い彼女をお前はいつも守っていた。お前はあの頃ひたすら真摯でカッコつけてる爽やかな騎士だった」


「確かにマキナは俺がこんな口が悪いなんて知りませんね。彼女を守ると決めていたのに……守ってやれなかった。彼女が命をかけて大切に守ろうとしたお腹の赤ちゃんと一緒に二人で先に逝ってしまうなんて……俺って馬鹿ですよね。妊娠なんてさせなければよかった」


 マキナの穏やかな笑顔を思い出す。


『グレンとの赤ちゃんが欲しいの』


 医者からは彼女の体力では厳しいかもしれないが、「頑張りましょう、妊娠中無理させないようにすれば大丈夫でしょう」と言われていた。


 だが出産予定日よりもかなり早い陣痛、破水、そして運が悪いことに心臓発作。


 悪いことが全て重なり………二人は仲良く旅立ってしまった。

 俺はそばにいてあげることしか出来なかった。


 いくら剣を握っていても戦うことも守ることもできなかったのだ。自分の不甲斐なさが悔しかった。


「俺が守る」なんて口先だけだった。

 マキナが必死で子供の命を守ろうと出産に挑んだが俺はなにも出来なかった。

 最後にしてやれたことはマキナの手を握ってあげることだけだった。


 俺は確かにマキナに囚われている。

 愛していた。彼女だけを。


 だからマキナが居なくなって寄ってくる女達を避けるためにも、乱暴な振る舞いをして適当に受け流した。

 貴族の女はそれでほとんど俺の妻の座を狙おうとするものはいなくなった。

 おかげで鬱陶しい再婚話はあまりこないで済んだ。


 貴族以外の女は一晩だけでもと寄ってくるが、受け合わなければそれで済む。


 女を抱きたい欲より、好きでもない女を抱きたくない気持ちの方が大きかった。

 ただそれだけだ。


 ラフェに対してもマキナに面影が似ていたから興味を持った。さらに死んだ我が子が生きていればアルより少し上くらいで変わらない。そう思うとこの親子に惹かれた。


 だけどそれだけだ。そう割り切って領地に戻ってきたのに………

 この心のぽっかり空いたような気持ちはなんだ。何をやってもやる気が出ない。


 アルは泣いていないだろうか。


 俺が会いにくるのを待ってるんじゃないか。


 ラフェはまた自分が食べるのを我慢してアルだけに食わして、痩せてるんじゃないか。


 変な男に襲われていないか。


 考えるだけで心配でたまらない。


「あーー、会いに行きたい」夜になると一人ベッドで叫んでいた。


 わかってる、認めたくはないけどわかってる。

 マキナに対しての想いとは違う。


 必死で生きていこうとしているラフェの姿に惹かれている。

 人に甘えるのが下手で対人関係が超苦手で、弱いくせに一人で頑張ろうとするラフェ。

 本当はあの二人が大切になってしまった。あの二人の笑顔が見たい。

 出来れば俺が二人を笑顔にさせてやりたい。


 俺に守る権利が欲しい。





 アレックス様と話していると、使用人が扉をノックして入ってきた。


「お手紙です。そしてこちらはグレン様の分です」


「そこに置いといてくれ」


 仕事用の手紙はここに届くことが多い。


 俺は普段届く手紙の中から一つの手紙に気がつき目が離せなかった。


『この封筒に書いて手紙を書いてくれれば俺に届くから。何かあったら連絡をよこせ』


 そう言ってラフェに渡した封筒だった。


 俺は慌てて封を開けた。


 そこには……ラフェの丁寧な字で書かれた礼状と紙にぐちゃちぐちゃに殴り書きされただけの紙が入っていた。


 その紙の下に、“アルより”とラフェの字で書かれていた。


 俺はアレックス様が近くにいるのに思わず叫んだ。


「会いに行きてぇーーーアル、ラフェ」










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