83.変革の予兆なのか(ゼルクSIDE)
捕えられた愛し子をボスが取り返した! このタイミングを逃さず、シュハザと目配せし合う。
長い槍を背中に突き立てて動きを封じ、ほぼ同時に切り掛かったシュハザの剣が利き腕を落とした。ボスの力で縛り上げられた獲物は、抵抗できずに苦痛の呻きを漏らした。この程度では我慢できない。ズタズタに引き裂いてやる。凶暴な衝動が沸き起こった。
想像するのも恐ろしいが、自分に愛し子が現れ同じ目に遭ったら? 相手が強大なボスでも、俺は命懸けで戦う。尊敬する人にも刃を向ける覚悟があった。神にとって、愛し子とはそういう存在だ。癒してくれるからではなく、己以上に大切な人だった。
彼の配下であった神々が数人様子を見ているが、助ける素振りがない。俺達を攻撃するために、愛し子を危険に晒した行為に眉を顰めたのだろう。
「ゼルク、私にもやらせて」
普段は防御役に徹するルミエルが、目を爛々と光らせて口角を上げる。幼女姿なだけに、猟奇的に映った。両手に細身の剣を二本握り、駆け寄る勢いを利用して足を縫い止める。最後の止めはボスだな。
譲るつもりで振り返った先で、イルちゃんの目元や口元を洗い流すボスが「無事でよかった」と安堵の息を吐く。
もし僅かでも傷を負っていたら……想像するだけで恐ろしい事態に陥ったはずだ。周囲への配慮もなく、最強を誇るボスと狡猾なフラウロス神の、全面対決が起きた。数十人の神々とその管理する世界が吹き飛んでも、収まらないほどの争いになる。
「やれやれだ」
「しかし、ルミエルの結界を突破したのは……」
シュハザは不審そうに呟いた。シアラの世界は、メリク神と愛し子が滞在する。重要な拠点として、ルミエルが定期的に結界を張っていた。防御陣もあったはずだが、作動した形跡がない。ルミエルの実力を信頼するから、ボスも愛し子の自由を許していた。
「確かにおかしいな」
「それもですが……気付きませんでしたか? 私達も意識を向けていたのに、愛し子様が攫われたことに反応できなかった。メリク様の召集で、初めて動いたのです」
シュハザの指摘を、俺もようやく理解した。神という存在は、世界を作って管理する。ゆえに守備範囲が広く、その力は遍く降り注ぐ。己の世界だけでなく、気にかける存在にも。世界が違ったからと、ボスがいるシアラの世界も気にかけていた。
だが、駆けつけたのは呼ばれてからだ。その違和感は得体の知れない恐怖となって、じわじわと広がった。
「変革……?」
まさか! そんな意味を込めた呟きに、シュハザは唇を噛む。
「ええ、否定できません」
絶対神三柱のうち、無事なのはボスだけ。その愛し子が現れてから、急激に変化が起こりすぎた。そもそも生まれる予定だった母胎が亡くなったこと自体、異例のことだ。五つも管理する世界があるのに、外へ生まれたことも含めて。
ぞくりと背筋を恐怖が走った。変革が訪れるなら――どうか、あの二人を引き裂かないでくれ。長い時間をかけて、やっと出会えたばかりなんだ。安心してボスに頬を擦り寄せる愛し子を、愛おしさを滲ませて抱きしめる姿を見ながら、心の底から願った。