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64.美しい世界を巡る(絶対神SIDE)

 イルが楽しめるよう、工夫を凝らした。管理する世界は五つあるが、一つは滅びに瀕している。しかし彼女に苦痛を強いて守る気はなかった。神格が落ちたところで何だというのか。


 虹の橋がかかる世界は、水の精霊が強かった。滝もその現れだ。動物が穏やかに暮らす平和な世界を探検する。イルは目を輝かせて喜んだ。


 海の中に連れて行けば、手を叩いて笑った。魚の群れを海の底から眺め、巨大な魚の背に乗って泳ぐ。珊瑚や貝も欲しがるだけ拾った。たくさん土産を持ったイルを小舟に乗せ、次の世界に移動した。


 風が支配する世界は、木の葉も色鮮やかだ。小舟の近くに鳥が集まり、美しい声で囀った。俺の顔を見て「いい?」と確認するイルへ頷く。伸ばした指先でそっと羽に触れ、頬を笑み崩した。


「すごいね、きれいだね」


 繰り返す感動の言葉が、俺の胸に詰まった積年の澱みを流していく。彼女が笑うたび、心も体も浄化される気がした。事実、浄化されているのだろう。身体中を蝕む激痛が軽くなり、不思議なほど気分が前向きだった。


 愛し子である以上に、イルだからだ。愛される存在が幸せであること、俺の唯一と定めた対の心に曇りがないこと。どれほど感謝しても足りなかった。


「次は、暑い場所に行こうか」


「あつい?」


 考えるイルの顔が歪んで、不思議にそうになり、少し顰められる。以前に火傷して痛かった記憶が「熱い」という単語に連動したらしい。意味が違うと説明したら、期待の眼差しに変わった。


 小舟で飛んだ先、熱帯の森が広がる世界だ。様々な実をつけた木々が空を目指し、足元にはびっしりと緑が生い茂る。昆虫や鱗を持つ種族が生息する世界だった。自然の生存競争は存在するが、愚かな私欲で他者を虐げるものはいない。


 いくつか果物を選んで持ち帰ることにした。


「僕、あかとあおと……あれも」


 オレンジと黄色が斑模様になった果物を指差す。赤い実は熟れて甘い香りを漂わせる。青い果実は中にたっぷりのジュースを蓄えていた。どれも美味しいが、せっかくなので珍しい果物も収穫した。


「イル、これも甘くて美味しいぞ」


「くろ!」


 髪の毛を引っ張って、同じだと主張する仕草が可愛い。黒い皮の丸い果実は、割ると中が鮮やかな紫色だった。熟していないと黄色だ。他の世界の神々に土産で強請られるほど美味い。


 四つめの世界で、イルは大きく身を乗り出した。かなり小さな舟なので、慌てて体を支える。といっても、俺が管理する世界でイルにケガをさせるわけはないんだが。気持ち的にはかなり焦った。


 見渡す限り光る砂が広がっている。この世界はほぼ夜だった。砂は空に浮かべた二つの月により、様々な色に反射する。風が吹くと砂の形が変わり、また違う色を見せた。その風景にイルは見入る。


「きれぇ」


「気に入ってくれてよかった」


 心の底からそう思った。同じ景色を見て、同じ感動を味わえたことが嬉しい。


 管理に疲れた時、いずれ出会える筈の(イル)を想像しながら、この風景に心を預けた。余計な生き物が世界を壊す心配がない。ただただ美しく、砂が風に攫われる音さえ心地よく感じるよう。安らぎを得るための世界だった。


「もうひとつは?」


 世界の数を教えていないのに、イルは当たり前のように問いかけた。その瞳に浮かぶ期待を裏切るだけの、醜く騒がしい世界だ。その存在をなぜ知るのか、問う必要はない。なぜなら、イルは俺の心を読んだのだから。


 対として当たり前に備わった能力なのに、この時ばかりは天を仰いでしまった。

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