25.海は靴が濡れて怖かった
海はなぜか揺れていた。ざぶんと水が押し寄せて、慌てて逃げる。でも間に合わなくて靴が濡れた。半泣きになった僕を、メリクは抱っこで助けてくれる。
「怖くないさ、ほら」
メリクの足を水が濡らす。くんくんと鼻をひくつかせた。匂いがする。焼いてないお魚に似てるけど、ちょっと違う。周りには落ちている黒い紐を拾う人もいて、白い塊も拾っていた。なんだろう、あれ。
「海藻と貝かな……イルも拾うか?」
「あし、みずくる?」
「ああ、濡れるだろうな」
首を横に振った。怖い、嫌だ。困らせちゃうかと思ったけど、メリクは笑って抱っこし直した。にゃーは離れた砂の上を動かない。猫は水が嫌いなんだって。教えてもらって、にゃーも猫だから水が嫌いなのかと頷いた。でもお風呂は一緒に入ったのに。
「お風呂は温かいだろう。ここは冷たいからな」
にゃーは冷たいと嫌なんだね。夜が近くなって、少し寒くなる。お日様が水の中に落ちちゃって、光が消えた。びっくりして慌てる。
「メリク、おひさま、きえちゃった」
お日様が落ちたら、明日からお日様は出てこないの? お日様が消えたら困るのに。しょんぼりした僕に、朝になれば新しいお日様が出てくると話してくれた。そっか、消えてもまた出てくるんだね。出てくるところが見たいと言ったら、朝早く起きる約束をした。
約束は大切で、ダメにしないの。頑張って早く起きるね。
背中に水の刺さったお魚の絵が描いてある宿に入った。ここでお部屋を借りるの。あと宿屋のお魚は背中から水を出してるんだって。刺さったんじゃないだね。痛くなくて良かった。
にこにこしながらお店の人の説明を聞いて、お部屋へ向かった。狭くて段差のあるお部屋を通らない。あれは廊下と階段? 新しい言葉がいっぱいだね。
奥の扉を開けたメリクが、僕を下ろしてくれた。にゃーがいないけど、窓を開けたら飛び込んでくる。にゃーは毛皮があるから、宿の人が嫌がるみたい。こっそり裏から入れるんだよ。怒られないかと心配したら、見つかってもお金があれば黙ると聞いた。お金って偉いのかな?
ぐぅとお腹が鳴いた。ご飯はすぐに運ばれてくるの。にゃーを一人で食べさせるのは可哀想だから、一緒に食べるんだ。いつも僕にご飯を分けてくれたのは、にゃーだったもん。あ! にゃーにもらった紫の実を小屋に隠したままだった。
「さすがにもう食えないだろ。諦めろ」
「うん……ごめん、なちゃい」
いけないことは「ごめんなさい」をする。大声で怒られても同じ。そう覚えていたけど、メリクは悲しそうな顔で首を横に振った。
「悪いことをしたな、と思ったら謝れ。ごめんなさいは誰かを傷つけたり、何かを壊したときに使うんだ。いきなり怒鳴る奴に謝る必要はない」
難しいから、何回かに分けて教えてもらう。僕が自分でいけないことをしたと思ったら、ごめんなさいしてもいい。理由が分からないときや、悪くないと思ったら謝らない。うん、大丈夫。ちゃんと覚えたよ。
そこへご飯が運ばれてきて、宿の人は机にいっぱいのお皿を並べた。お魚がいっぱいだった。見たことがない色のお魚もある。にゃーが見つかっちゃうと怖くなったけど、人がいなくなったらベッドの下から出てくる。隠れてたの、にゃーって頭いいね。
さあ、一緒にご飯食べよう!