大好きな君が、いつかは【side 隣国の公爵】
ずっと彼女の事が好きだった。
王太子殿下の側近として隣国に行った際、歓迎の夜会で一目惚れした。
だがその彼女には想い人がいて、しかも想い人が彼女の婚約者と知った時には絶望した。
いつだったか、未練がましく彼女に会いに行った事がある。
その時の彼女は頬を染めて婚約者の隣でにこにこしていた。
──婚約者の彼は疎ましそうにはしていたが、時折彼女を見るとその瞳に熱を宿していた。
だから一度は諦めたんだ。
だが彼女と想い人の婚約は解消された。
掻い摘んで聞いた話、彼女の想いは婚約者にとって重荷でしかなかったようだ。
それならばと再び婚約を打診するとあっさり了承された。しかもこちらの国に留学して来た。
そんなわけで今、俺の目の前にはその彼女がいる。婚約者だからどうせなら余っている部屋に住めばいいと説得した結果、戸惑いながらも了承してくれた。
それから俺は毎日彼女に愛を囁いた。
失恋したての彼女は中々元婚約者を忘れられないみたいだけど、最近では少しずつ笑顔を見せてくれるようになった。
今はまだ、名前を呼べる仲では無い。
けれど、好きなもの探しで無理をする事が無くなった彼女の中に俺という存在が入り込み、じわじわと大きくなってきているのを実感する時もあった。
例えば夜会で一旦離れ、それぞれの友人と歓談する時。
視界に入るだけで照れたように微笑みをくれるのだ。
それはあの時に見た輝くような瞳。
かつては彼女の愛する者へと向けられていたそれが俺に……。
そう思うだけで自然と顔が緩んでしまう。
例えば仕事関係で女性と話している時。
やましい事は何も無いが帰宅するとじっと見てくる。
少し不安そうにするのが可愛くて、けれど余計な傷は付けたくないからすぐに事情を話してしまうんだ。
「大丈夫だよ。きみ以外見てないし惹かれもしないから」
額に口付け、抱き締める。
最初は中々わだかまりや不安が拭えなかったが、次第に背中に手を添えてくれるようになった。
嫉妬してくれているのは進歩の証。
イタズラに煽る事はしないが、そうやって小さな独占欲を見せてくれるだけで嬉しくなるから俺も単純だ。
探るような目線に時折怯むけれど、後ろめたい事は何も無い。
不安を取り除けるならいくらでも詮索してくれて構わない。
だから、公爵家の影を俺に付ける事も考えたが流石にそれは止められた。
「俺は時々お前が怖くなるよ」
王太子殿下からドン引きされたが、信用を得る為にできる事は何でもやりたいし、彼女の悲しみが少しでも癒やされるなら俺の自由なんかいらないのだ。
「殿下も婚約者殿にこれくらいなさるでしょう?」
「いや、うん。まあ、うん。確かに、うん。……悲しませたくは無いからな。うん」
腕組みをしながらうんうん唸り、殿下は納得した。
「そう言えば、もうすぐあの日だな。お前はどうするんだ?」
あの日──。
この国では新しい文化を積極的に取り入れる姿勢がある。
ひとえに王太子殿下の影響もあるのだが、今回施行されたものは『恋人の日』というもの。
我が国に視察に来た東国の文化で、女性から愛を告げる事を許された日らしい。
普段は男性から告げるのがマナーで、女性からははしたないと思われる為選ばれるのを待つ事が殆どだが、この日は女性から動き想いを伝えても咎められないそうだ。
「どちらから言ってもいいと思うんだがな」
王太子殿下がそう言いながら、恋人の日を採用し広く国民に広めると、社交界から平民まで拡がり、一月前になると商人たちが「恋人の日にお菓子を贈ろう」などと称し商売の糧とした。
「恋人だけでなく自分にご褒美を」
「友情の証に」
「家族や職場の仲間に」
パートナーがいない者にもなじみやすいように「感謝を伝えよう」などと、触れ回れば瞬く間にお菓子が売れていく。
王太子殿下と婚約者殿が宣伝すればその拡がりは辺境にいる家畜にまで、とは言い過ぎかもしれないが、まあとにかくそんな感じで恋人の日まであと数日と迫っていた。
彼女から欲しいと思ってしまうのは仕方ないだろう。
もし今年は無くても、いつか貰えたらいい。
焦ってもどうしようもないが、欲深くなるのが悩みの種ではあるな。
「これは?」
そんなわけで、今日は年に一度の恋人の日。
互いに感謝を告げようという日である。
だから俺は甘いお菓子を彼女に渡した。
「日頃のお礼。あと願掛けかな」
「願掛け?」
きょとんと見上げる彼女を愛おしく想う。
「君が早く俺を好きになってくれますようにってね」
彼女の額に軽く口付けると、ぽかんとしていた彼女は顔を赤くした。
あくまでもお礼。本音は押し付けないように。
すると彼女の口角が、少し上がった。
それからごそごそとして。
「私も……。あなたに……」
それは小さな包みだった。
開けてみると甘いお菓子。
「……貰ってもいいの?」
「はい。アイザック様にあげたかったのです。
……いつもありがとうございます」
そう言って彼女は頬を染めて笑う。
そんな彼女を益々愛おしく思うのだ。
「こちらこそ、いつもありがとう」
晩餐のあと、二人でお菓子を食べた。
今まで食べた中で一番甘く、一番美味しかった。




