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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

婚約破棄は、わたしの隣で始まっている

作者: こうの小春

どうぞよろしくお願いいたします。





「アルベル・ブレイクスミス! 今この時をもって貴殿との婚約を解消し、こちらの麗しき辺境伯令嬢、ウィリアと新たに婚約を結ばせてもらう!」


 一瞬の静寂の後、美しいシャンデリアが彩る広間には、動揺が波となって広がっていった。

 声を上げたのはこの国の第一王子、ジョーン殿下。濡れたような漆黒の髪に、薄紫の瞳が美しい、美貌の第一王子である。

 視線の先には、これまた王子に引けを取らない、目が覚めるような金髪碧眼の美女──カンダン侯爵令嬢アルベルが、扇子で口元を隠しながら目を細めた。

 彼女の隣で唖然とした表情をする青年が、数秒遅れて意識を取り戻し、王子に向かって眉を吊り上げる。


「こんな公然でなんと無礼な──ッアルベルが何をしたと言うんです!!」

「おやめなさい、カインス。殿下のお言葉ですよ」

「だが、アルベル!!」


 嗜められて噛み付く彼は、アルベルに良く似た雰囲気だが、背の高い美丈夫だ。周囲の令嬢、誰もが一度は熱のこもった息を零すと言われる双子の弟、カンダン侯爵令息カインスである。

 憤慨するカインスに、ジョーン殿下は冷ややかに目を細めた。


「何を? しらばっくれるな。アルベル嬢がウィリアの私物を壊し、時に怪我を負わせ、執拗な苛めを行っていたのは分かっているのだ」


 動揺は更に広がり、周囲はお互いに顔を見合わせる。

 アルベルは品性方向な侯爵令嬢だ。学園を卒業した後に王宮へ入る彼女は、皆の手本となるよう、日々の鍛錬を重ねてきたこと知っている。

 だが周囲は確かにここ最近、学園でアルベルを見かける頻度が少ないことも知っていた。

 たとえ見かけても一人でいることが多く、何をしているのだろうと噂になった事もある。

 まさか彼女が? 本当に? と周囲の目が厳しくなった。


「言いがかりはおやめください、アルベルがそのような人でないことは、殿下が良く分かっているはずです!」

「言いがかりなどではない! 現にウィリアは困り果て、この俺に何度も相談してきたのだ」


 第一王子の双眸が途端に、甘く軽やかな熱を帯びて、隣にいる()()()に注がれる。  

 呆気に取られたわたしだが、相手は王族だ。身分社会の壁に阻まれ、たかが辺境伯では迂闊に口を挟めない。まず発言が許されていないのだ。その状態でわたしに返答を求めないでほしい。

 青い顔で硬直するわたしを他所に、第一王子の熱弁は、文字通り熱を帯びていく。


 教科書の紛失や破かれるならいい方だ。護身用の剣も盗まれ、ドレスは汚され、階段から突き落とされ、列挙すればキリがない。ジョーンは事細かに記録していたようで、宰相の子息と共に、アルベルが行ったとする蛮行を声高に述べていく。


 わたしが損害を被ったのは確かに事実だ。彼が話している内容に、実は相違ない。

 不敬とならぬよう、第一王子に相談という形で苦情を申し入れたのも事実である。あまりに何度も被害があり、流石にほとほと困り果てたのは、紛れもない本心だ。


 だがそもそも前提が違う。

 どうしてわたしが、カンダン侯爵の麗しい宝物に、嫌がらせをされたことになっているのだろう。

 

 どうにか弁明し、アルベルの名誉を挽回しなければならない。

 わたしは頭をフル回転させすぎて、今にも吐きそうであった。



 ***



 わたしの住まうバーバス辺境伯領は、少し変わった経緯の領地だ。


 バーバス火山の麓に位置する領地は、魔物が多く出没する場所で有名である。

 統治していた前辺境伯は自堕落な男で、領民に防衛を任せ、王都にある本宅にこもって贅沢三昧に明け暮れる、どうしようもない男だった。

 領民は知恵を絞って魔物と戦う日々を送っていたのだが、そもそも武器を揃える財源が乏しい。国王は大変良心的で理解のある賢王であるが、前辺境伯がこれまた悪知恵が働く男で、割り振られた金を自身の贅沢に使い込んでいた。

 領民のまとめ役だった父が何度も直談判に訪れても、平民のくせに頭が高いと前辺境伯は取り合わない。


 我慢の限界であった父は、怒りに怒り、埒が開かないと別の手段を取ることにした。

 なんと借金をしてまで爵位を買ったのである。

 辺境伯領には、生活に困窮していた独り身の男爵がいて、多額の金と引き換えに爵位と屋敷を譲ってもらったのだ。──ちなみにその元男爵は、我が家で元気に働いている。彼は人を使うより、自ら率先して働く方が気楽で良いらしい。

 

 爵位という立場を手に入れた我が家を筆頭に、辺境の地で、領民たちは次々と武勇伝を作り、王家にその功績を訴えた。

 平民では到底無理だが、爵位持ちなら入城が許されている。わたしたち家族は領民を代表し、国王に謁見する機会を得れば、ここぞとばかりに前辺境伯の不誠実さを伝えたのだ。


 賢王は底辺爵位だからと袖にせず、実にしっかり話を聞いてくれた。

 前辺境伯を議会に連れ出して糾弾し、領民の頑張りを自らのものと誇張していた男を調べ上げ、罰として爵位を返上させたのである。


 これで良き武官が中央から派遣されれば、辺境の防衛戦は安泰だ。

 領民と共に家族で喜んでいたのだが、賢王はこれまでの功績を讃え、なんと男爵位から辺境伯位へ爵位を引き上げてくれたのだ。


 辺境伯を賜った事で、王都にセカンドハウスを持てるようになった我が家。

 このわたし、ウィリアは念願叶い、王都の貴族学園に通えるようになったのである。


 バーバス辺境伯領は、元々別の民族が統治していた地域だ。王都と若干の文化的差異があり、わたしたち家族も、男爵位の時から少々苦労する面があった。

 そのため、わたしは領地を支えるべく、王都への進学を望んでいたのである。


 2学年に編入したわたしは、学園での生活を楽しんでいた。

 新しい学びや、魔物についての研究。騎士科の訓練の様子、魔法学の実演など、学園生活は実に有意義だ。

 わたしは寄宿舎に入り、喜び勇んで勉学に励み、時には王都で開かれる茶会に参加し、順風満帆な生活を謳歌していた。──はずだった。





 

「……? あれ?」


 最初は、留め具でまとめていた教科書一式だったと思う。

 いつの間にか、大きく切り裂いた跡がついていたのだ。

 どこかで引っ掛けたか、と疑問に思いつつ、その時は先生に伝えて新しい教科書を購入した。

 

 だが、徐々に無くなる物も増え始め、インクや万年筆など筆記具から、授業で借用した防具、ハンカチなどなど。明らかに他意を思わせる雰囲気が出てきたのだ。


 特殊な経緯で爵位を駆け上がったので、我が家は他貴族に敵が多いのは事実である。

 何せ古来より魔物が多かったこの国は、辺境伯と騎士爵を重要視しているのだ。双方がバーバス火山と、水性魔獣の地獄と呼ばれるヒズ湖を見張っているから、国の安寧は保たれていると言って良い。

 王家の懐刀としてその発言権は事実上、三代大貴族である侯爵家と同等に扱われた。──だからこそ前辺境伯は厄介だったのだが──三段飛ばしで高位貴族となった元平民に、良い思いを抱かない相手は、少なからずいるのである。


 いじめや悪戯も、ある程度は目を瞑るしかないと、わたしはなるべく達観しようとした。

 それが貴族社会で特殊経歴持ちの定めだと割り切り、壊れぬよう気を配りつつ、壊れたら再購入をしながら、学園生活を送っていた。


 ──のだが。

 

 その日、次の授業へ向かうため、北校舎の外階段をみんなで下りていた。

 わたしを先頭に、楽しく話していた最中、誰かに背中を押されたのだ。


 皆の悲鳴を聞きながら、わたしは咄嗟に振り返ったが、誰が押したのか全く分からない。受け身は取れたものの、突然のことで足を捌くのが追いつかず、片足の膝を強打してしまったのである。


 友人たちが泣きながら、医務室に連れて行こうとしてくれたが、非力な令嬢では持ち上げられない。

 これはまずい、と自力で回復魔法を試みていたところに、なんと第一王子殿下の一行が通りかかったのだ。


「ご令嬢方! 大丈夫か!?」


 彼らは慌てて助けに入ってくれ、わたしは生まれて初めて男性に担ぎ上げられ、医務室に運び込まれたのである。

 幸い、血が出るような怪我ではなかったが、真っ黒に内出血してしまい、可憐な友人たちは倒れそうだった。

 王都でも大きな病院の出頭医が治療魔法を施してくれ、優秀な氷魔法の使い手である友人も、溶けない氷を生成してくれた。それをハンカチで包んで患部を冷やし、ひとまずは事なきを得たのである。

 わたしも魔法は好きだが、得意とは言えず、自身では出来ない芸当だ。これだから王都での学びは尽きない。

 

 わたしは大丈夫だと友人たちを宥め、授業を休むわけにはいかないだろうと、笑顔で送り出した後。


「いったい、何があった? 俺は第一王子のジョーンだ。君の発言を許可する。……君は確か、バーバスの」

プリムピュリセス(第一王子)・ジョーン殿下のご厚意に、感謝申し上げます。ウィリアと申します。……この度は助けてくださり、本当にありがとうございました」


 わたしが椅子に座ったまま深く頭を下げ、安堵の様相で笑えば、彼は少し頬を染めて笑みを返してくれた。


 わたしは学園内でも若干有名なので、第一王子殿下の耳にも入っていたのだろう。

 異色の経歴、ということもあるが、わたしの容姿が王都の人々と違うからだ。


 高く結い上げた髪は真っ白で、血管の透けた薄紅の瞳。日焼けしにくい白い肌。

 よく間違えられるが眼皮膚白皮症(アルビノ)ではない。わたしの家系は他民族の血筋を、色濃く受け継いでいる家系なのだ。

 わたしは自身の容姿が好きだが、遠目に見ると、瞳だけが浮いているように見え、ちょっとした幽霊騒動の原因になったりもする。


「お手を煩わせ、申し訳ございません。お恥ずかしながら、実は誰かに背中を押され、咄嗟のことで身を守れなかったのです」

「何……!?」


 ジョーン殿下は、共に残っていた護衛と、宰相の子息と顔を見合わせた。

 そして深刻そうな顔で、眉と共に声もひそめる。


「共に歩いていたご令嬢たちに、まさか……?」

「とんでもない! 友人たちは皆、わたしに大変よくしてくださいます。誰かに押されたのは事実ですが……」

 

 わたしの友人ではない。

 わたしとて、自分の立場は分かっているつもりである。親しくする友人は選んでいるつもりだ。それに彼女たちに押されるなど()()()()()


「ふむ……。しかし君のようなご令嬢に対し、許し難い。俺は学園理事会の生徒代表としての立場もある。君が良ければ、相談に乗ろう」


 わたしは殿下の申し出を有り難く頂戴し、現状を説明することにした。

 だって困っていたのは事実なのだ。

 薄々、もしかしたら? と思っていたこともあり、今回の怪我は自分でも見過ごせない。

 彼は第一王子殿下。わたしが損害を被っている一連の騒動で、遠回しに苦情を入れる相手として打ってつけだったのである。


 

 だが、被害は無くならなかった。

 悪化したと言ってもいい。

 その度に理事会長室まで赴き、友人も事件の証人としてついて来てくれ、どうにかしてくれと訴えた。

 

 その過程で、ジョーン殿下と良く話すようになったのは事実である。

 自分が盾になれば悪戯が治るのではないのかと、共に行動してくれたこともある。ジョーン殿下に婚約者がいることは勿論分かっているので、複数人で行動していたとは弁明させて欲しい。


 それでも無くならない悪戯。いや、もはやわたしに向けられた悪意。

 まったく犯人が掴めず、むしろそれが犯人と言ってもいいほど、誰の目にも映らない犯行が続いたのだ。


 

 わたしの中で、もはや犯人像が確定し、最後は賢王まで議題を持っていくか──と考えていた、ちょうどその時。

 ついにジョーン殿下が喜び勇んで、わたしが良く使用している訓練室に来たのである。


「ウィリア! ついに敵の尻尾を掴んだぞ!!」


 彼は月末にある建国祭で、犯人を断罪するのだという。

 わたしはどうしてそこまで待つ必要が? と疑問だったのだが、王族の決定に疑問を呈するわけにもいかない。

 わたしも第3学年に上がり、学園生活もあと少しと迫る時期だ。これで残りの生活はまた安心である。


 そう、喜んで参加した建国祭だった。



 ***



 なんだこれは。


 わたしは自身の腰に回る手を見て、ジョーン殿下を再度見上げる。

 彼の熱視線にわたしの肌は焼けそうで、愛おしげにわたしの名を呼ぶ彼に、まったく理解が追いついていない。

 なぜ殿下がアルベルとの婚約を破棄し、わたしに鞍替えするのか、まったく意味が分からない。


 アルベルの隣からは、凄まじい殺気がわたしに向けられている。

 いや、待ってほしい。わたしは無実だ。そんな気など毛細血管ほどもないのに。


「──以上が、()()ウィリアが被った被害と、俺がアルベル嬢を疑う根拠だ。これだけ疑わしい貴殿を、このまま俺の婚約者に据え置いておく義理はない。ここにいる全員に問うてもいい。疑問があるなら言ってみろ」


 ようやく殿下の独壇場が幕を閉じ、周囲の発言が許可される。だが誰一人、言葉を発しようとしない。

 アルベルは顔色悪く眉を顰めた。カインスも姉を助けたいだろうに、歯軋りして殿下を睨んでいる。

 わたしはこんな場面ながら、少しジョーン殿下に感心してしまった。


 彼の根拠は、確かに隙がなかったのだ。


 周到に用意された現場の情報と、その時、アルベルを他所で目撃した他人がいるか。わたしに向けられた全ての悪意を、彼女がどのように周囲の人間を手引きし、実行させたのか。

 身分社会特有の上下ある人間関係、交友関係の把握。王宮に入るために学園を離れている時間。わたしの行動範囲など、出まかせではない根拠を提示しているのである。


 わたしは八の字に眉を下げ、おずおずと殿下に声をかけた。


「あの……ジョーン殿下……」

「ああ、ウィリア。心配しなくていい。君の事は俺が護ろう。君は我が国の砦、バーバス辺境伯のご令嬢だ。王家の懐刀を護るのも、王子の努めなのだからな。この悪女を廃し、君の安全を確保しよう」


 恍惚な表情でわたしを見つめる殿下は、わたしの話など聞いてはいない。

 というより、敵の尻尾を掴んだと言っておきながら、第一王子は()()()()()()()()()ということだ。


 これではわたしが何の為に、()便()に済まそうと思ったのか分からない。


 目まぐるしく今後の予定を脳内で回し、どうしたら一番傷が浅いかを考え、数秒。

 わたしは殿下の拘束を解くと、数歩下がって首を振った。


「いやいや、あの! 待ってください! どうしてアルベルさまが、わたしに悪意を向けたことになっているんですか!?」


 平民出の我が家なのだから、人様より輪をかけて淑女然としなければ。

 口酸っぱく母に言われてきたが、ここは許してほしい。


「何を言っている、この女が君を」

「そんなわけないじゃないですか! あの厳しいカンダン侯爵が、ご家族にそんな事を許すわけないでしょう!」

「な、なんだ、ウィリア? その言い方ではまるで、カンダン侯爵と面識があるような……」

「あるに決まってるじゃないですか! アンディ(カンダン侯爵)さまは、わたしの友人ですよ!!」


 会場がどよめいた。

 え? とわたしは目を点にする。

 わたしとカンダン侯爵が友人なことに、何か問題があるのだろうか。いやまぁ、爵位の壁という問題はあるが、初めに話しかけてきたのは向こうであるし、問題などないはずである。


「……っお、おい、お前! 父と友人とはどういう事だ! お前はただの辺境伯令嬢だろう!」


 カインスが驚愕した顔で声を上げた。

 わたしは再び驚いて硬直してしまう。

 いや、どういうことだはわたしの台詞なのだが。


 目を白黒させるわたしを他所に、アルベルが扇子を閉じて弟を睨み上げる。


「カインス。無礼な振る舞いは、お父様の品格を落とします。おやめなさい」

「ぶ、無礼? だがウィリアという女は──」

「それが無礼だと言っているのです。あの方があなたの尊敬する、バーバス辺境伯様ですよ」


 ざわめいていた広間が、今度は静まり返った。

 わたしは一人、キョトンとして周囲を見渡す。


「……え? あれ? 伝わってなかったの? ……じゃない、伝わってなかったのでしょうか?」


 憤慨するアルベルの横で、カインスが口を半開きにしたまま、わたしを凝視する。

 そして数秒の沈黙の後、一気に顔を赤くして胸に手を当て、片膝を床についた。


「で、では、あの方が軍神ティーダなのですか!?」

 

 ティーダとは、国を守護する軍神と伝えられる太古の神である。

 そういえば爵位式の時に、そんな恥ずかしい二つ名を付けられた気がする。まったく恥ずかしくて遺憾の意だ。


 男爵位を買ったのは父だが、辺境伯に昇格する際、賢王の采配により賜ったのはわたしだ。

 一番多くの魔物を討伐し功績を打ち立てた、このウィリアなのである。


 この国は貴族、平民に限らず、ファミリーネームを持っているのが普通だ。

 そのため、爵位は少し特殊な位置付けをされている。

 わたしの本名はウィリア・ラグナ。だが爵位がある間は戸籍から家名がなくなり、バーバス・マークウィリィ(女辺境伯)・ウィリアと名乗る事が義務付けられる。

 これは爵位を与えられた人間が、『家』という枠組みを飛び越え、領地全て──領民に限らず、山脈や川、魔物でさえも──の代行者であることを強く表していた。

 多大な権力を与えられる利点もあれど、爵位ある『個人』の意見は領地の総意となる。迂闊な事を言えば、すぐに周囲から攻撃されやすい立場と言う不利もあった。

 王家の意図は把握しづらいが、おそらく王政を維持したい策略があるのだろう。

 

 このややこしい制度により、例えば侯爵家の子息令嬢だとしても、爵位を持った辺境伯『個人』の方が、発言権が優先されるのだ。

 侯爵の位にあるのは『個人』だけ。家族はその『個人』の品格を落とさぬようにし、節度ある振る舞いを求められる。


 現状に当てはめ簡潔に言うと、学園の学生内におけるわたしの発言権は、第一王子の次に強いのだ。

 だからこそ第一王子はわたしの発言を聞いてくれ、対処を進めてくれるのだとばかり思っていた。

 婚約者がいる身でありながら、わたしにやや過剰に親身になってくれるのも、爵位を考慮してだとばかり思ってしまったのだ。


「き、君があの、バーバス辺境伯本人なのか? 火山の河口部に大量発生した魔物を、一夜で殲滅したという……」


 わたしはカインスとは別の意味で赤くなりつつ、両手で頬を覆い眉を下げる。


「も、申し訳ありません、あの、皆様、ご存知とばかり……、第一王子殿下も、ご無礼をお許しください。意図せず身分を隠すような真似をしてしまい、申し訳ございません」


 ただ、とわたしは顔を上げた。


「アルベルさまの件は、まったくの誤解です。……アルベルさまも、どうして何も言わないのでしょう? あなたの行動は誇りあるものです。流石にここまで疑われて、隠す必要はないはずです」


 アルベルはわたしの言葉に、寄せていた眉間の皺をさらに深める。


 わたしに彼女が悪意を向けるはずがない。

 というより、彼女はそんな暇がないのだ。何せわたしはアルベルがここ最近、皆から離れていた理由を知っているからだ。


 だって彼女は──。


「………………剣術を、習っておりました。……殿下の婚約者として、魔物が襲ってきた時に、殿下を守れるように」


 秀麗な顔を羞恥に染めて、どこか悔しそうにアルベルは口を開いた。

 カインスも姉の動向は知っていたのだろう。アルベルを気遣う様子で横顔を見つめた。

 彼女は弟に扇を預け、手袋を外し、豆が潰れて血が滲みテーピングを施す両手を、第一王子殿下に向けて掲げてみせる。


 痛々しいその様に、周辺の令嬢からは短い悲鳴が上がった。


「対魔物用の剣は、治癒魔法が効きにくく……。豆が潰れた直後は痛みもひどく、恥ずかしながら、表情を取り繕うのが難しいのです。痛みが引くまでなるべく人に会わないよう、しておりました」

「…………そんな……アルベル嬢……」

「ですが殿下。そこまで詳細にわたしを観察しているのなら、わたしの行動も分かっていたはずです。わたしには王家の影がついていますでしょう、何故、このような事態になっているのですか」


 怒り心頭に発する彼女に、ジョーン殿下は膝から崩れ落ちる。

 己の失態を悔いているのか、嘘だと思いこみたいのか。

 どちらにせよ、この婚姻の行く末は暗雲だろう。


 わたしとて、第一王子が手を回してくれていたとばかり思っていたので、拍子抜けである。

 このままではわたしへの悪戯、もとい悪意は卒業まで続くだろう。


 どうしたものかと困惑していれば、我に返った第一王子が声を上げた。


「で、では、誰がウィリアを害していると言うのだ! 俺の権限で出来うる限りの事はしたが、疑わしかったのはアルベル嬢()()いないのだぞ!!」


 そうだった。

 わたしは第一王子殿下の一言で思考を切り替え、周囲を見渡す。


 問題はそこだ。アルベルがわたしと何も接触していないのに、わたしが被害に遭い、彼女しか犯人に浮かび上がらない。この構図がそもそもおかしい。

 わたしと彼女の予定を全て把握している第三者でなければ、成し得ない行為だ。


 わたしが第一王子殿下に進言しようとした時、周囲の人の波が割れ、数人の人物が進み出る。

 ジョーン殿下とよく似た相貌ながら、思慮深いシワが刻まれたその方は、輝かしい金銀の王冠と、この国史上最大の魔法石が埋め込まれた盾を持ち、ゆっくりと近寄ってくる。


 騒ぎを聞きつけ現れた賢王と、彼の側近たちの登場に、人々が深く膝を折って臣下の礼を見せた。


「良い、楽にしてくれ。何事だ、ジョーン。建国祭は始まったばかりだ。人々の不安を煽るような行動は慎め。バーバス辺境伯と何を争っている」

「父上! 申し訳ありません。実は……」


 状況をかいつまんで話す息子に、賢王は頷いたあと、わたしに向き直り微かに眉を下げた。


「そうであったか、バーバス辺境伯よ。せっかくの学園生活に、無粋な真似をされたな」

「い、いえ、滅相もございません」


 流石に緊張して声が裏返る。

 賢王の視線はそのまま、アルベルに向けられる。


「カンダン侯爵の愛娘よ。愚息が大変な失礼を申した。代わりに謝罪しよう。すまなかった」

「……勿体なきお言葉でございます、国王陛下。しかしわたしにも、疑わしい真似をした非がございます」

「そなたは息子を大事に思ってくれておるのだな。……ふむ、しかしこのような場で、品性ある淑女を糾弾するのは、些か目に余る。……ジョーン。アルベル嬢。私とおいでなさい。……誰かカンダン侯爵を呼んできてくれ」


 賢王のとりなしで、渦中の両家は移動する事になった。

 正直に言えば、ここで有耶無耶にされてはまずい。だが賢王の御前、迂闊な発言もできない。

 わたしは頭を下げたまま、またもや吐きそうになりながら思考の洪水をまとめ、静かに口を開いた。


「恐れながら、国王陛下。発言のご許可を」

「もちろん。言いたまえ」

「わたしの学園生活もあと僅かにございます。この度の件はわたし自ら対処し、よろしいでしょうか」

「なんだそんなことか。無論だ。そなたの良きに計らいなさい」


 床に顔を向けたままなので、賢王の顔は見えない。

 しかしすぐに快諾が返された事に安堵し、わたしは内心でようやく胸を撫で下ろしたのだった。

 



 ***

 

 

「あ、あの、バーバス辺境伯様! お声がけしてもよろしいでしょうか」


 注目を集めすぎた為、広間から回廊へ移動していたわたしに、追いかけてきたらしいカインスさまが声をかけてくれた。


「はい、カインスさま」

「俺の、っいや、私の名前を、ご存知なのですか」

「え、ええ。お父君から、よくお話は聞いていますし、同じ学園に通う身ですから……」

「そう、です、あの、先ほどはご無礼を。……私は軍神ティーダと呼ばれる貴女に憧れ、騎士科に入ったのです。お会いできるとは夢にも思わず。大変な失礼を申し訳ございません」

「わぁ……まぁ……」


 キラキラと瞳を輝かせる様は、尊敬と畏怖が混じり合った顔である。

 わたしを目標にするには、些かわたしの経歴は物騒なのでやめた方が良い。とは流石に言えなかった。

 無垢な瞳は目に毒だが、無碍にするのもまた悪である。


「バーバス辺境伯様の空間阻害魔法は、国で唯一無二の創作魔法だと聞いています。作用する範囲が広範囲、かつ正確で、あの一夜で魔物を殲滅したと噂の夜も、その真価を発揮したと父から聞き及んでおります」


 興奮して話すところは、彼は父親似らしい。

 彼はひとしきり憧れについて話し終えると、生真面目な顔で頭を下げる。


「……先ほどは、姉の事を助けてくださり、ありがとうございました」

「いいえ、そんな。アルベル様に訓練場を融通したのは、わたしですから」

「しかしどこの誰が、こんな……アルベルを貶めようとするような……」


 社交界でも仲の良い双子で有名な彼らだ。敬う姉が傷つけられ、怒りも相当なものだろう。

 わたしとて、カンダン侯爵から耳にタコができるほど、子息子女の話は聞かされているため、許し難いものがある。


 ため息を吐き出せば、片手に頬を当てて肩をすくめた。


「そう、ですね……。相手は途中から分かっていたのですが、わたしではどうもできず。国王陛下に許可をいただけて、ようやく対処できます」

「分かっていらっしゃるの、ですか?」

「まぁ、あの、はい。……ただ、わたしが立場上、手を下して良いか迷っていまして。その為にジョーン殿下に申し上げていたのです」

「…………では、ジョーン殿下と恋仲ではない、と言うこと、ですよね?」

「まさか! アルベルさまの婚約者さまですよ、そんな気など毛頭ございません! それにわたしは、領地で結んだ婚約相手がおりますから」

「え」


 気分は学生でも、身分は辺境伯なのだ。バーバス領地を治める輩に変人が抜擢されないよう、未来の布石はすでに打っている。

 婿入り予定の相手は十五ほど年上だが、信頼できる良きパートナーだ。


 ジョーン殿下の行動は、周囲に要らぬ誤解を与えるのではと懸念していたのでが、案の定だ。

 わたしは婚約者がいるので、殿下とは何もないと念を押すと、カインスはなぜか魂の抜けそうな顔色で閉口する。

 微妙な顔で沈黙してしまった友人の息子に、わたしは目を瞬かせて首を傾げた。


 どうかしたのか問いかけようとした時、背後から聞き慣れた声がして、わたしは振り返る。


「おっ嬢っさま〜」

「ウィジェ」


 気の抜けた声で呼びかけながら、鼠色の腰まである長髪を緩く結んだわたしの従者──ウィジェが、片手を軽く振って近寄ってくる。

 朝は建国祭開始の準備で忙しく会えなかったが、彼も今日は正装だったようだ。ぽさぽさと手入れされていない遊び毛が跳ねているものの、それでも顔の良さに磨きがかかっている。

 糸目で胡散臭い見た目が偶に傷だが、わたしの自慢の従者であった。

 そして何を隠そうこの男が、我が家に爵位を売った本人である。


「お疲れ様、ウィジェ。聞いて、国王陛下から許可がおりたの。これでやっと安心して学園生活が送れるわ」

「広間の外まで聞こえてましたよ。あのボンクラ王子のせいで、災難でしたねぇ」

「ばか! 不敬でしょ!」


 軽口を叩き合う間柄が不思議なのか、カインスは呆気にとられた顔でわたしたちを眺めていた。

 しかし直ぐに我に返り、目を白黒させつつ、再び片手を胸に当てて腰を折る。


「バーバス辺境伯様。よろしければ、私にも何か手伝える事はありますでしょうか」

「へ?」

「これでも騎士科で主席を納めております。辺境伯様の足元にも及びませんが、腕には自信があります」


 真摯な瞳で訴える彼に、嘘はないようだ。

 わたしを心配してくれる心意気に感謝しつつ、わたしは眉を下げて申し出を辞退する。


「ありがとうございます。ですが、カインスさまの身を危険には晒せませんので……」

「危険? それはどういう……」


 かつ、と。

 わたしが張り巡らせていた意識の一つに、硬い靴音が響く。

 賢王に許可されたので、()()()()()()()()()()()()()()、建国祭の間でもわたしのプライバシーはないようだ。


 一瞬の躊躇いが勝機を逃すことを、わたしは魔物との戦場で嫌というほど知っている。

 体は無意識に、ドレスの袖口から隠れるよう仕込んでいたホルダーから、細い針を抜き取った。


 かつ、と再び靴音が響く。今度は先ほどより僅かに遠い。わたしの魔力変動に気がついたのだろうが、出国しない限りわたしの守備範囲内だ。


プリセーグリィ(追撃しろ)!」


 廊下に針を投げれば、わたしの魔法で途端に10の鉄槌に変わり、空間を捻じ曲げて飛んでいく。

 遠方で全ての鉄槌が命中した音が聞こえたので、わたしは両手の指先を小指から順に曲げて、針の形に戻ったそれを呼び戻した。


 陽炎に似た動きで目の前の空間が揺れ、老齢の男が足を引きずって転がり出てくる。

 突然現れ、鋭い痛みに声すらあげられない男に、カインスが目を丸くして半歩、足を引いた。


「こ、この男は?」

「王家の影です。アルベルさまにも何人かついている、あの影ですよ」

「え?」


 わたしに悪意を向けているのが、王家の影であることは分かっていた。

 だが、影が独自で動いているのか、王族の誰かの命令かは分からない。

 ジョーン殿下は白だと思いたいが、アルベルと婚約破棄したいという理由で自作自演という可能性もあるのだ。

 カンダン侯爵は我が子を溺愛している代わりに、ジョーン殿下には厳しく接するという。そして殿下とアルベルの間に、親愛以上の情はない。完全なる政略結婚である。


 正直に言えば怪しいところだ。上辺だけは仲睦まじくても、上手くいかないことはある。

 何せわたしと認識の齟齬があったとはいえ、簡単に婚約破棄など口にするのだ。

 預かり知らぬところでなら対処もできるが、わたしの隣でいきなり始まってはどうしようもない。


 わたしは冷めた目で男を見下ろし、顔の横に垂れた白髪を軽くすき流した。


「……王の影である武人。あなた方に命じた尊きお方にお伝えください。……わたしを仕留めたいのなら、国の外から攻めねばもう、わたしに攻撃は通りませんと」

「……っそれは、あなたの、……く、空間阻害魔法、の、効果でしょうか」


 脂汗を滲ませながら男が声を発する。


 わたしが開発した空間阻害魔法は、文字通り相手とわたしの間にある空間を阻害し、わたしへの接触を断つ魔法だ。複数の魔法を組み合わせた創作魔法で、今のところわたししか使えない。

 友人たちが階段でわたしを突き落とした疑惑が上がった時、絶対にあり得ないと断言できたのはこの魔法故である。

 彼女たちを信用していないわけではないが、立場上、移動中はこの魔法を展開していたのだ。


 ただこの魔法、日常的に展開するには、魔力量の消費を抑えねばならない。

 王家の影に接触を許したのは、微力な状態で広げていたので、彼らが扱う魔法より弱くなっていたからだった。


「卒業まで半年、恐れながらわたしは自らの身を守る為に、魔法を維持させていただきます。……一定の距離に入りましたら、問答無用で追尾いたしますので、他の皆さまにもお伝えください」

「そ、そんな! 常にこのような複雑な魔法を展開するなど、魔物でさえ無理だと言うに!」


 それ以上は言葉にならなかった。

 ウィジェが思い切り片足を踏み込み、靴底で震える口を封じたのだから、当然である。


「…………すんません、今、お嬢様を魔物扱いしたような気がしたもんで」

「ウィジェ、やめなさい」

「えぇ〜? でも、陛下に対処していいとお墨付き、頂いたんですよね?」

「それを頂いたのはわたし。あなたじゃないわ」


 そう言えば彼は渋々足を避けた。

 不満を漏らしつつも主君の命令は厳守してくれるのだから、わたしはこの男を気に入っている。


 わたしは青褪める老紳士に、にこりと笑みを浮かべて首を傾げて見せた。


「さて、武人の方。知っておりますか? この美しい惑星は円形なのだそうです」

「……は」

「数億秒、息を止めていれば終わりも見えましょう」


 男が気がついた時にはもう遅い。

 わたしの十八番である空間阻害魔法が、男を蝕んで徐々に廊下へ体が沈み始めた。

 馴染みの魔法は呪文も術式もいらない。それでもわたしが扱う魔法で唯一無二の()()()()を持っている。

 おそらくこの魔法を良く分かっている彼は、金切り声を上げてもはや泣き叫んだ。


「待ってくれ、待って、お願いだ、お願いします! 私が居なくなれば、先ほどの話を伝える人間もいなくなるのですぞ!!」

「あと二人、魔法で盗み聞きしていますでしょう。わたしは彼らに言ったのです。……わたしは魔物と同列に扱われるのが、生まれた時より嫌いなの。では、さようなら」


 悲鳴を飲み込んだ床に、余韻すら残さない静寂が訪れる。

 あの男が一番、わたしに対して嫌がらせを行っていたのだ。ようやく溜飲も下がる。


 わたしは満足して笑みを浮かべ、はたと気が付き、カインスを振り返った。


「あ、っと、申し訳ございません、カインスさま。お見苦しいところを」

「…………しい」

「え?」

「素晴らしいです!! これが空間阻害魔法の威力なのですか!? や、やはり、どうか側に置いてください、貴方の魔法を、俺は学びたい!!」


 高揚してわたしの両手を掴もうとし、しかし魔法に阻害されて宙を空振りして、彼が前のめりになりそうなのを踏みとどまる。

 爛々と輝く瞳は、本当に父君に似ていた。戦闘に特化した珍しい魔法、呪文、術式に目がないところもそっくりである。


「ぜひ協力させてください、弟子にしてください! 貴方のお役に立てるよう、学ばせてください!」

「え、いや、そんなことをしたら、アンディさまに怒られます」

「父の事はわたしが説き伏せますから!!」

「はいはいはい、侯爵子息様、お嬢様に近いですよ。婚約者がいる身の令嬢なのですから、弁えて」


 わたしの首に腕を回したウィジェが、やや強引にカインスを引き離した。

 ヒョロながい彼の腕に収まるわたしに、カインスは眉を吊り上げ、ウィジェの腕を掴みかえす。


「お前こそ、どうしてバーバス辺境伯様の魔法を掻い潜れる?」

「俺は特別性なので」

「何!? つまり身体を強化しているということか!?」

「あ、しまった」


 火に油といえば怒りだが、燃え盛る情熱に燃料を投下したらしい。カインスは再び目を輝かせると、わたしから標的を切り替えたようだ。

 仰け反るほど引いているウィジェを質問攻めにする様子に、わたしは苦笑を浮かべつつも、ほっと胸を撫で下ろす。


 アルベルの事は心配だが、弟の明るさに救われるだろう。

 カインスが剣術や魔法に精通しようとするのは、ひとえに姉の負担を軽くしたいのだと、カンダン侯爵から聞いている。

 魔術道具の一つである羽ペンを取り出し、空間に光文字でメモを取り始めるあたり、魔法学者にすら向いているかもしれない。ウィジェも熱心な様子に悪い気はしないようで、途中から本格的に身体構造と魔法について講義し始めていた。


 ともあれ、今回の騒動は一件落着だろう。

 わたしは熱い議論を交わし始めた二人を眺め、なかなか良い友人同士になれるかもしれないと、穏やかな気分で目を細めたのだった。



 * * *



「ウィリア! 先日は本当にすまなかった。お詫びと言ってはなんだが、今度、歌劇を共に観に行かないか」


 わたしは友人たちが来るまでの間、一人、のんびりガゼボで本を読んでいる真っ最中だった。

 唖然として見上げた先には、美しき夜の貴公子……もとい、第一王子殿下が、恍惚に頬を染めて優雅に片手をあげる。


 いや、待ってほしい。もしやアルベルとの婚約は解消されたか? と勘繰ってしまうが、あの騒動は双方の話し合いで落ち着き、婚約解消までは至らなかった。

 カンダン侯爵が、賢王が頭を下げるので仕方なくだと憤慨していたので、間違いないだろう。

 その状態で、しかもわたしが辺境伯として婚約者がいる状況を分かっていながら、歌劇に誘うとはどういう了見なのだろう。


 返答に窮し押し黙ってしまったわたしに、いやむしろ気にする事なく、彼は硬直する片手をすくい上げた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()、しっかりと指に口付けまでして。


 ひく、と思わず口が引き攣る。

 わたしの空間阻害魔法を上書きしさらに阻害するなど、特別仕様のウィジェ以外はありえないのに。

 どうやらわたしの隣で始まった婚約破棄騒動は、未だ終わりを迎えていないらしい。


「……大丈夫、次は上手くやれるぞ?」


 顔を覗き込むジョーン殿下は、口角を吊り上げて鬱蒼と笑って見せた。


 


 







 

お読み下さりありがとうございます。

少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。


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